ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第102回

ハクマン第102回担当からの「催促」は
タイミングが
なにより大事である

しかし、締め切り前催促には「思い出させる」という効果がある。
すでに頭にサビが効き始めている作家になると、締め切り以前に仕事の「存在」を忘れていることがある。
その場合締め切り当日に催促しても、すっかり忘れていたという衝撃を受け止め、そこから考える作業に入るため全く間に合わない。
そうなると「オカン、なんでもっと早く起こしてくれんかったん」という別の中学生が現れ、そこから二度寝を決め込む恐れがある。
連載だったらさすがに忘れないだろうが、単発の仕事の場合、締め切り前催促をした方が無難かもしれない。

だがおそらく一番多いのが「締め切り当日催促」だ。
タイミングとしては遅すぎず早すぎずである、一般的に見ればクリスマス当日にサンタが「そろそろ太るか」と言っているぐらい遅いのかもしれないが、実際私も当日催促されることが一番多いのだ。

しかし、作家的には「締め切り当日までに出せばOK」という意識なのである。
ちなみに当日というのは「俺が諦めるまで」であり、日付を越えても心が折れてないならまだ「当日」なのだ。
よって、当日の催促は「締め切りを破ったわけでもないのに催促された」ということになり「もっとこっちを信用してほしいものですな」と、椅子に異常に浅く座りだす作家もいなくはない。

そして締め切りを過ぎてからの催促だが、何せ締め切りを過ぎているのだから、担当には催促する権利があるため遠慮はいらない。
しかし今度は純粋に「間に合わない」という問題が発生するし「もう締め切りを過ぎている」という事実に作家が悟りを開いてしまう場合もある。

締め切りと言っても、本当にデッドを教える編集者は稀であり、実際はもう少し猶予がある。
しかし「締め切りは過ぎてしまったが、急げば間に合う」と言っても「貴様は離陸してしまった飛行機に『走れば間に合う』と言われて走り出すのかい?」と、作家が完全に「見送り」の態勢に入ってしまう場合もある。

サザエさんの伊佐坂先生のように、作家は締め切りを破ったり延ばしたりすることに命をかけているように見えるかもしれないが、あれは相手がノリ公だからだ。
自分がどれだけ極道入稿しようと、ノ助が磯野家にしている反社会的行動に比べれば生ぬるすぎる。
一家惨殺を前に万引きに罪の意識を持てと言われても難しいのだ。
実際は、担当に借りを作ったり謝ったりしたくないので、作家とて締め切りを守りたいとは思っており、それを破ってしまうとモチベが下がるし、それが常態化しかねない。

やはりお互いのためにも締め切りは守れるに越したことはないので、催促は例え2分でも締め切り前にした方が良いと私は考える。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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◎編集者コラム◎ 『エゴイスト』高山 真