ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第99回

ハクマン第99回
見落としがちだが、
就職したければ
「会社員の才能」が必要だ。

これを書いているのは1月5日であり、この日から「仕事はじめ」という会社も多いと思う。
私のところにもすでに、原稿の催促が3件、そして請求書を出せというメールが1件届いている。

つまり作家にとって仕事はじめの日に仕事をはじめるのは、全裸になってから風呂に湯を張り始めるレベルの手遅れというこだ。
しかし誰でも年に一度ぐらいは全裸で空の湯舟と対峙する瞬間が訪れるものだ。たまたまそれが年始に来てしまったというだけだ。

私個人は終わりもはじまりもなく、12月31日から1月1日にかけても残尿のように仕事をし続けていた。
それでも昔は年末年始ぐらいはテレビを見るなどしていたが、笑ってはいけないもなくなってしまったし、今年は格付けチェックも見なかったため、ついに私に年末年始を感じさせるのはプロ野球戦力外通告のみになってきた。

この番組はそのうち自分と重なりすぎて見れなくなる気がするので見られるうちに見ておくしかない。
「年を取ると油ものが食えなくなる」というが、重いものが消化できなくなるのは胃だけではない、フィクションに対しても年々傷つきやすく、そして負った傷が癒えなくなってきており、最近では広告バナーで悪役令嬢がバカ王太子に婚約を破棄されているのを見るたびに深く傷ついている。
その結果「食ってる時は美味いがあとで便器と合体することになる」とダメージを先読みしてどんどん食わず嫌いになっていくのだ。
個人差はあると思うし、寝起きにダンサーインザダークを見るのが健康の秘訣とゆほびかのロングインタビューに答えている高齢者もいるとは思うが、私のように年をとって動物面白動画しか見れなくなってしまう者もいるので、精神的ラーメン二郎は若いうちにどんどん摂取すべきである。

このように個人的には年末年始を無視して過ごそうとしていたが、世間に対してはそうもいかない。
正月1日と2日はお互いの実家に集まるのが恒例となっている。
幸い両実家とも車で30分圏内、そして大人の参加者が順調に年老いてきているため、年々解散が早くなっている。

だが、私の実家は未だに最年少が私、参加者6人のうち2人が要介護、車いす1名に松葉杖1名という集まっただけでも尊いメンバーなのに対し、夫の実家には子供が多い。
しかし、子供も成長するもので、ついに就職組が出始め、すでに働いている者や、今年卒業ですでに就職が決まっている者もいる。
人は自己肯定感が下がっている時「自分以外はみんなちゃんとしている」という錯覚に陥りがちだが、錯覚ではない場合も多いので困る。

つつがなく就職を決めているのもすごいが「学校を卒業とともに会社に就職する」ことを当たり前のこととして実行しようとしているのがすごい。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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