ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第103回

ハクマン第103回
仕事でもプライベートでも
約束を破れば最終的に
軽蔑されるのだ。

数日前に税理士から確定申告が完了したので決算書などを取りに来いとの連絡があった。

確定申告提出の締め切りは3月15日なので、締め切りの10日前に提出どころか全てが終わっているという状況だ。

漫画で言えば、締め切りの1年前に原稿を提出し、掲載の半年前にネットに全部流出するぐらい仕事が早い。

片や今、この原稿を催促を受けてから書き始めている。
ちなみにすぐには書き始めていない。6時間ぐらい寝た。

これは私が税理士の先生にはへりくだるが担当編集にはげりのぼる、恥ずべき権威主義者だからというのもある。そしてげりのぼるなどという言葉はない。

何故人は納期を守るのか、もちろん相手に迷惑をかけたくない、怒られたくない、というのもある。
しかし一番恐れているのは、約束を破ることで相手からの「信頼」を失うことなのではないだろうか。
企業であれば信頼を失うことは会社の命取りになる。
「すみません土日挟むんで28日の朝イチには届けられると思います!」と25日の夕方に電話してくるケーキ屋にクリスマスケーキを注文することは二度とないだろう。

個人間でも約束を破ることで信頼を失い最終的に縁を切られることもある。だがそれ以前に「呆れ」「諦め」そして「軽蔑」の感情をいだかれてしまうのである。

「そうか、つまりきみはそんなやつなんだな」

俺たち世代の心を稲妻のように切り裂いたエーミールニキのお言葉である。
今思えば、なんの注意書きもなく国語の教科書に載せて良い話ではない。pixiv だったら炎上している。

国語のトラウマと言えば、ごんぎつね、ちいちゃんのかげおくり、夏の葬列など列挙にいとまがないし、列挙しているうちに世代がバレるのでこのぐらいにしておく。
だがこれらの作品はそもそも舞台が戦時中だったり、作中に死が出てくるなど、トラウマとしては明快だったりする。

だがこのエーミールニキが出てくる「少年の日の思い出」は、おそらく舞台は比較的平和な時代、そしてニキは蝶は殺すが人間は誰一人殺していない。

こう書くと「全米を震撼させたシリアルキラーの前日譚」みたいな話にも聞こえるが、おそらくニキはその後も人は殺してないと思う。

しかし、ここで銭形がおもむろに現れ「奴は大変なものを殺していきました、あなたの心です」とクラリスにではなく「クラリスが初恋です!」と臆面もなく言うタイプの俺たちに告げるのである。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

◎編集者コラム◎ 『満天のゴール』藤岡陽子
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