ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第123回

「ハクマン」第123回
漫画は肉体的に過酷だ。
ヒット作を出すのも大変だが、
続けることも大変である。

だが、寝る前に考える妄想のような話を老齢になってから「具現化せねば」と思い立ち、本当に顕現させてしまうのがすごい。

私も描きたいことなど何もないと言いつつも、自分が考える最強のイイ男とエロいことになる話を描きたくないか、と問われたら「描きたい」と声を震わせざるを得ない。
しかし「俺が描いた瞬間最強のイイ男じゃなくなる」などの言い訳をして一向に描こうとしないし、すでにAIに期待している段階だ。

高齢になってから「俺が見たいものがこの世にないから俺が描く」というDIY精神を発揮できるのは単純にすごい。

だが「俺が考えた最強のキャラが出て来る漫画」は、やることにエロか無双かの違いはあれど、すでに我々が中二の時に通りすぎた場所であり、時を越え発掘された時「二度と同じ過ちを繰り返すまい」と焼き捨てられる黒の書でもある。

中二の時にその経験がある人間は、老境になって同じことをしようとは思わない気がするし、したとしても人に見せようとは思わないだろう。

もしかしたら高齢になってそういう漫画を投稿する人たちは、幸か不幸か若いころにそういう経験がなかったのかもしれない。

もちろん、自分が描きたいものを描くのが創作の本分である。
しかしできれば「処分」は徹底して行ってほしい。

親の死後、エロ本などが大量に出てきて遺族が微妙な気持ちになるというのは遺品整理あるあるらしいが、明らかに自分を主人公に据えた「親手製のエロ漫画」が発掘されるというのは、子供にとってはまた一味違う苦味だろう。

「ハクマン」第124回

(つづく)
次回更新予定日 2024-1-24
※第2・第4水曜更新に変更になりました

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

◎編集者コラム◎ 『対極』鬼田竜次
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