ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第148回

「ハクマン」第148回
編集者という生物は
「引継ぎ」が苦手、
という習性を持っている

最近も久々に魔の引継ぎで、担当交代後、新担当から連絡が全く来ず、連載が3か月止まるという事故が起きた。

またしても怪異である私の通報により事態が発覚し「新担当が進めていると思っていた」と供述する旧担当と無事作業を再開するに至ったが、一応この期に及んで姿を見せない新担当がどうなったのかも気になる。

「死にました」と言われると思ったし、少なくとも意識不明状態に違いないと思っていたのだが、意外にも存命のようで、端的にいうと編集部の人出不足に担当作品が増えすぎてしまいキャパオーバーになってしまったため、とりあえず私のことは後回しにしたらしい。

確かに数いる担当作家の中からこの説明を聞いて怒らない作家を選んでいる時点でその判断は正しいと言える。

だが私が怒らないのは寛大だからではない。

これは「昨日」起こったことであり、聞いた瞬間に「明日の原稿で書けばいい」と思ったからだ。

逆に言えば昨日の時点でこの原稿の催促が来ていなかったら怒っていたかもしれない。この会社は1週間ぐらいS学館にアナルを向けて寝ない方がいいだろう。

それに通報した私も所詮怪異であり、常人なら仕事の連絡が途絶えているならすぐにどうなっているんだと確認するだろう、私も異変にはもっと早い段階で気づいていたのだが、それを3か月放置していた。

ファミレスの注文が30分来なくて苦情をいれるのは普通だが、6時間経過しても何も言わずに待ち続けるのは「お前この話Xに書こうとしてないか?」と言われても仕方がない。

担当が事故ると「ちょっと面白くなってしまう」というのは事実であり、これはもう少し面白くした方がいいと、つい溜めに入ってしまいがちであり、下手に激高して殺害予告や爆破予告をしてしまうと世に出せない話になってしまう。

それに、こちらも、3か月の音信不通を詰めたことにより「じゃあお前が半年契約書を返送してこないのは何なんだ」と言われても困るのだ。

ブラジルで起こった万引きと、日本で起こった連続通り魔は全く別の事件ではあるが、やはり起こした件数でいうとこちらが圧倒的に多いため、あまり相手が起こした1件を詰めると薮蛇になりかねない。

何より、こちらは、何の理由もなく健康な状態で書類を半年出さないのだが、編集者がこのレベルの事故を起こす時はすでにビョウの域である可能性が高い。

あまり知られていないが、編集者というのは意外と病みやすく、私は15年病気による休載はしていないが、ビョウによる編集者交代は5回ぐらい起こっている。

心身をロストしかけている奴に怒っても仕方がないのだ。

もちろん詳しい話は聞いていないので、新担当は至って健康である可能性はある。 少なくとも、数ある担当作品の中から、一番無視していい奴を選んで無視している時点で「責任能力あり」と判断されて、無罪にはならない奴だろう。

「ハクマン」第148回

(つづく)
次回更新予定日 2025-2-12

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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