ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第152回

「ハクマン」第152回
適性がない仕事は
3日以内に辞めるのが
最善である。

私も新卒で入社した会社を8か月で辞めている。

3日と言わず入社式の段階で辞めた若人に比べればあまりにも中途半端であり、何より私自身が「たった8か月で辞めた」ではなく「8か月もいた」という意味で言っているのが悪質なのだが、その後私がどうなったかは見ての通りである。

私のその後をどう判断するかは専門家の間でも「これは話し合わなければいけないテーマなのか」という意味で意見が分かれるので明言は避けるが、生きているというのだけは確かだ。

結局その後、10年近く会社員をやって今の状態になっているのだが、この会社員経験が私の糧になっているかというと正直「遠回り」という印象である。

これは私が遠回りしたという意味ではない、会社員時代は私にとって少なくとも固定給と社会保険という意味で糧になったのは事実である。しかし私という巨岩が社会にいたことにより迂回を余儀なくされた人間がたくさんいるのも事実である。

「すぐに投げ出すのはよくない」というのが、仕事をすぐ辞めてはいけないとされる大きな理由の一つだと思う。

一理あるし「継続は力なり」というのも事実だ。しかし仕事は「牛乳を毎日飲んで骨を強くしよう」とはわけが違う。

まず仕事は「有毒」という前提を思い出してほしい。

つまり牛乳習慣ではなく「毒をちょっとずつ飲んで毒が効かない体を作る」というゾルディック家養成所であり、その毒に適性がなければ抗体ができる前に死ぬ。

一口飲んだ時点で「これは飲み続けたら死ぬ」と気づいたなら、さっさと飲むのを止めて、耐えられる毒を探した方がよい。

それを耐えて死ぬまで飲んだことを賞賛されるかというと「判断が遅い」という死体蹴りが来るだけだったりする。

また、真面目な人ほど辞めることが迷惑になると思っているかもしれないが、毎回血反吐を吐く奴の介抱の方が迷惑だったりもするので、適性がない仕事は自分のためにも他人のためにも3日以内に辞めるのが最善である。

楽な仕事はないのだが、私は会社員より今の仕事の方が楽だと感じるので、仕事によって苦楽の体感が全く違うというのも事実であり、できるだけ楽に感じられる仕事を選ぶに越したことはなく、そのために仕事を転々とするのも必要なのだ。

その中で、むしろ楽しいという薬物みたいな仕事に出合えればラッキーだが、もちろん薬物も体に悪いので、そういう人ほど突然過労で倒れたりもする。

仕事は毒なのだ、飲んで苦しいと思うのは普通であり、ガッツの問題とは思わないで欲しい。

「ハクマン」第152回

(つづく)
次回更新予定日 2025-5-14

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

◎編集者コラム◎ 『十津川警部捜査行 宮古行「快速リアス」殺人事件』西村京太郎
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