ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第163回

「ハクマン」第163回
悪いがあの時語った話は全部嘘だ

大した準備もなく見切り発車ではじめるから早々に打ち切られ、本も売れず、却って不経済なことになっている感も否めないが、入念に準備すれば売れるとは誰も言っていないのだ。

むしろ「構想や準備が長ければいいというわけではない」ということは、最近のオリジナルアニメ映画業界が身をもって示してくれている。

また準備中に気が変わられてしまうことだって十分ありえる。

「長期間連載の準備をしていたのに突然連載の話自体白紙にされ数百ページのネームが無駄になった」というのは、今でもよくあるトラブルだ。

こちらは売れようが売れまいが、とりあえず原稿を描けば原稿料が入るので、何の準備期間もなく突然原稿を描かせてくれる編集部は逆に助かる時もある。

それに気が変わるのは編集部だけではない。

先の展開を考えていたとしても、途中で話を変えたくなってしまうことはあるし、何だったら1話目の反応が芳しくなかった時点で全部変えたくなってしまう。

自分の描くものに自信がある漫画家であれば、一時的な読者の反応など気にせず当初の予定通り進めていくのだろうが、私はエゴサで一つ批判的な意見を見つけただけで話を変えたくなってしまうほど己の意志というものがない。

そんな時、2、3話先まで描いてしまっていたらどうしようもないので、臨機応変という意味であえて1話先すら考えずに描いていると言えなくもない。

最近では私が全く先のことを考えずに描いていることが編集者にもバレたのか、または先の展開を聞いたところですぐ変えるからムダと判断されたのか、ほぼすべての編集者との間で「打ち合わせ」という行為が消滅した。

そういえば去年、私の漫画がドラマ化した際、ドラマ制作の人に「このキャラは今後どうなっていくのか」と、原作の今後の展開について尋ねられた。

もうその頃には私に先の展開を聞く編集者は誰一人いなくなっていたので、その質問は新鮮ですらあった。

漫画関係者相手であれば「考えてないし、今考えたところでどうせ変わるから聞くだけ無駄だ」と答えるところだが、それがドラマ版の役作りに関わるかと思うと「無です」とは言えない。

そこで、その場で思いつく限りの設定と今後の展開について割と長々語ったし、制作者陣は終始「傾聴」の姿勢であった。

悪いがあの時語った話は全部嘘だ、正確には当時は嘘でなかったが、現在は完全な虚言と化した。

最近は「見事な伏線回収」など、1話目から入念に考えられたストーリーの作品が評価されているが、あれは本当に最初から考えていたのだろうか。

そうだとしても、そこまで先のことを考えられる人が何故漫画家になったのか、という一番巨大な矛盾が回収されないままである。

ハクマン第163回

(つづく)
次回更新予定日 2026-5-13

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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ゆっきゅんの毎日今日からちゃんとしたい日記 ☆2026年2月前半★
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