ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第39回

ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第39回

漫画家にとって、
「仕事部屋」はそれ自体が
仕事道具であると最近気づいた。

このように、ツールというのは昔に比べて目覚ましい進歩を遂げており「道具を選ぶのは素人のやること」というのは、ある意味では古臭い考えなのである。

優勝後、シューズのことを聞かれて「ノーコメント」とした監督の本気ぶりを見れば、道具を選ばないのは逆に真剣ではない、ということがよく分かる。

漫画も同様である。

もちろん良い道具を使えば面白い漫画が描けるという意味ではない。
しかし、漫画も仕事であり、納期というものがある。できるだけ時短でき、クオリティの高い描画ができ、何より自分にあったツールを選ぶというのも、仕事として継続的にやっていくつもりなら必要なのである。

そして、漫画家が選ぶべき道具というのは、作画ツールだけではない。

「仕事部屋」も大事な道具であると最近気づいた。

外出自粛で、在宅勤務になった人の中には「会社よりも仕事がはかどらない」と感じた人も多かったことだろう。

それは、テレビやゲーム、ストロング○が常備され、何よりオフトゥンがあり、幼稚園が休園になった4歳児が同じギャグを2兆回言ってくる自宅という「環境」が全く仕事向きではないからだ。

このように、仕事というのは環境により、全く捗り方が違い、進捗が悪いと当然クオリティも下がる。
よって、漫画家にとっては一日中こもる「仕事部屋」自体が仕事道具であり、仕事がしやすい環境を整えるのも仕事の内と言ってもよい。

そういう意味では私は「仕事放棄」と言ってよい。

私は、あまり仕事を断らない方である。断るとしたら、よほど時間がないか原稿料が安い時、おキャット様が作中でお亡くなりになる映画のレビュー、そして「仕事場を見せてくれ」という依頼だ。

何故か知らぬが、たまに漫画家の仕事場や、使っている道具を紹介するという記事がこの世にはあるのだが、あの仕事を受けているのは、撮影に耐え得る仕事場、もしくは掃除すれば何とかなるレベルの仕事場を持っている作家だけだと思う。

もちろん、世に紹介されている作家の仕事場が全て、オシャレで整然としているわけではない。むしろ雑然としている作家も多い。

だが、それはあくまで、作画の道具や資料などの物が多いからだ。
私の仕事場の汚さというのはそういう話ではない、むしろ仕事道具なら、パソコンと液晶タブレットしかないので、ミニマリストかアメリカの猟奇殺人鬼の部屋みたいになってもよいはずである。

次記事

前記事

カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

◎編集者コラム◎ 『時計仕掛けの歪んだ罠』著/アルネ・ダール 訳/田口俊樹
◎編集者コラム◎ 『つめ』山本甲士