ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第81回

ハクマン第81回
やはり人間、焦燥した時には
素直に焦燥顔をした方が良い。
スカすとますます損をしてしまう。

実際プライドというのは人間にとって大事なものだが、それを固辞し続けると最終的に知り合いの作家にもらったサイン本転売など「お前が売ったのはサインじゃなくて魂だよ」などと、センスのかけらもないことを言われる羽目になってしまう。

だが、見栄を張る性格でなくても「昔あったものが今はない」ということを認めるのは辛く、それを他人に知られるのはもっと辛い。

昔は元気で元気な姿を他人に見せていたから、老化が辛く、周囲に年寄り扱いされるとプライドが傷つくのだ。

逆にいえば、20代の時点で階段の踊り場で一旦休憩する姿を見せていたなら、歳を取ってから「座る」という本格的休憩をするのもそこまで抵抗がないのかもしれない。

作家も、昔大ヒットを出した作家ほど、ピークが過ぎた後「今はもうさっぱりなんで、モンテローザ系以外は誘わないでください」とは言えず、最終的に1回もヒットしたことない作家より困ったことになってしまうのかもしれない。
最初から売れてない奴が「売れてない!」というのは簡単だが、1回でも売れた奴が「今は売れてない」というのはなかなか勇気がいるはずである。
だがそれが言えないと「白木屋でいいすか?」という提案ができず、頼れるのは楽天カードの限度額だけになってしまうのだ。
そういう意味では、現在私は「最初から売れない」という、危機管理をしているといえる。
しかしあまりにも危機管理が万全すぎるので、最近はもう少し緩めてもいいんじゃないかと思っている。

調子が良い時に調子が良いと言うのは誰でもできる。
大事なのは調子が悪い時に「調子最悪なので、冷たい水をください。できたら愛してください」と自分が今助けを必要としている状態だと認め、助けを求められるかである。

そのためには、踊り場休憩勢に対し、これみよがしに一段飛ばしで駆け上がるような「マウント」は絶対にやらない方が良い。
そんなことをすると、普通に階段を登る姿すら他人に見せられなくなる。

リスクヘッジを考えるなら、どれだけ相手の下に潜り込めるか「下マウント」をとっていくべきなのだ。

ハクマン第81回

(つづく)
次回更新予定日 2022-4-25

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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