滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第2話 星に願いを⑤
距離が離れてしまったモニカを思い出す。
第2話、ついに最終回!
ジュリアは、しょっちゅうメールをよこすようになった。気丈なジュリアではあるけれど、さすがに、心がカサカサしてくることもあるようで、時には、弱気なメールを書いてくることもある。
「もう匙(さじ)を投げたくなることもある。わたしがどう思おうと、そんなことはもうどうでもいいのよ。今は、どんなことになろうと、幸太が生きてさえいてくれれば。連絡を取り続けてね。XO ジュリア」
ジュリアが切手を貼って投函(とうかん)したスネイル・メールを受け取るのが好きなのを知っているから、メールのほかに、手紙も書く。書くことなんか、毎回同じだ。幸太の健康を祈っています。奇跡が起こりますように。それから、こちらの様子も、少しだけ書く。大雪が降って雪だるまを作ったこととか、自転車でヴィレッジの石畳を走るときに、声を上げるとビブラートになることとか、盗まれた自転車を偶然ソーホーの街角で見つけて、盗み返したこととか。手紙にはオマケも入れる。花の種のこともあるし、ペンダントのことも、ぬいぐるみのキットのことも、ミニチュアの色鉛筆のことも、イギリスの雑誌、「モリー・メイクス」についてくる付録のことも、ある。ジュリアが家に帰ってきて、郵便受けを開けて、分厚い手紙が入っているのを見て心がぱっと明るくなるのが、たとえ一瞬であっても、あってほしいと思うから、Eメールの時代に、極力、スネイル・メールを書く。
一方、ワシントンのモニカとも、やっぱり思い出したときに電話をかけ合っている。ワシントンとニューヨークはせいぜい東京と大阪間ぐらいの感覚なのに、モニカと会うのは、オリンピックが開催される頻度よりもずっと少ない。この10年でたったの一度だけだ。ワシントンへ行ってモニカの家に泊まるとき、昔風のやたら高くて幅の狭いベッドによじ登るようにしてもぐり込むたび、夜中に寝返りを打って落ちたら、頭を強打して死ぬかもしれない、と真剣に思う。
一番最近──とはいっても6年前、ワシントンに行ったとき、モニカは、買い物が苦手なわたしを引っ張ってべセスダのモールへ行って、つかつかとメガネ屋に入って行った。そして、中にいたメガネ屋に向かって、「わたしの友人がメガネを作りたいって言ってるんです」と涼しい顔で言った。メガネを作りたいなんてひとことも言った覚えがないから、かなり狼狽(ろうばい)した。
「それはそれは」とメガネ屋は言って、いろんなフレームを取り出して親切に説明し始め、買いたくもないメガネを買わないですませるためにかなり苦しい言い訳をしなければならないはめになり、やっとのことで店を出て「わたし、メガネを作りたいなんて言った覚えはないよ」と抗議すると、何のことはない、モニカはメガネ屋にひそかに熱を上げていて、わたしをダシに使ったことが判明した。
「彼はわたしに気があるのよ。とても親切だったでしょう。行くたびに愛想よく応対してくれるのよ」とモニカは言った。どう見てもそれは接客サービスにしか思えないのだけれど、そうとはモニカには言えない。モニカには言えないことが多い。
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