「服のように、気分や天気によって読む本を選びたい」──『優雅な読書が最高の復讐である』著者・山崎まどかインタビュー

国内外を問わず、あらゆるときめきが詰まった書籍を紹介する書評エッセイ集、『優雅な読書が最高の復讐である』。長年にわたり、女性たちの心をつかむカルチャーを広く紹介されてきた著者の山崎まどかさんに、少女向け小説を読んでこなかった大人におすすめしたい作品、今まさに山崎さんが読んでいる魅力的な作品をお聞きしました。

国内外を問わず、あらゆるときめきが詰まった書籍を紹介する書評エッセイ集、『優雅な読書が最高の復讐である』。著者の山崎まどかさんは女子文化にまつわる書籍や映画を中心としたコラムを執筆していて、本書はその豊かな読書生活の一部が追体験できる素敵な作品となっています。

長年にわたり、女性たちの心をつかむカルチャーを紹介してきた山崎さん。今回はこれまで少女向け小説を読んでこなかった大人に向けた書籍から、今まさに山崎さんが読んでいる魅力的な作品までをご紹介いただきました。

【山崎まどか(やまさき・まどか) プロフィール】
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『オリーブ少女ライフ』(河出書房新社)『女子とニューヨーク』(メディア総合研究所)『イノセント・ガールズ』(アスペクト)共著に『ヤングアダルトU.S.A.』(DUブックス)翻訳書にレナ・ダナム『ありがちな女じゃない』(河出書房新社)等。

 

小さい頃から、ディテールの細かい小説が好きだった。

──『優雅な読書が最高の復讐である』には、150冊以上にものぼる国内外の本が紹介されています。もともと、山崎さんは幼い頃から読書がお好きだったのでしょうか。

山崎まどかさん(以下、山崎):両親ともに本が好きで、家に本がたくさんある環境で育ったこともあって昔から本は好きでした。その背景には本を「財産」のように捉えていた母が、本を図書館で借りるよりも買っていたことも関係しているかもしれません。

──小学生の時はどのようなものを読まれていましたか。

山崎:誕生日プレゼントとして買ってもらった『はてしない物語』をはじめ、ファンタジーやSFが好きでした。

小学校の高学年だった頃、同じクラスの子と学校の図書館にあるアガサ・クリスティの同じ作品をどちらが早く読めるか競争をしていて。もともと私は『シャーロック・ホームズシリーズ』は読んでいたんですけれど、クリスティの『予告殺人』で初めてミステリーの面白さに触れたこともあり、ついつい夜更かしして最後まで読んでしまったんです。翌朝、競争相手の子に「あの展開、すごいよね」って話しかけたら、そこでその子は最後まで読んでいないことが判明して(笑)

──勝負の基準が「どちらが多くのページを読めるか」だったところ、山崎さんは作品そのものの面白さに気がついたのですね。

山崎:そうですね。クリスティは最初に読む1冊としても入りやすいですし、登場人物のファッションやインテリアのディテールを詳細に描いているところが魅力的でした。お姫様のドレスの描写が好き、という延長で、食べ物の描写に惹かれて、クリスティを夢中になって読みましたね。

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──執筆に関しては幼少時からご興味を持たれていたのでしょうか。

山崎:漠然とではありますが、何かしら文章を書くんだろうとは思っていました。というのも、15歳のときに偕成社という出版社から本を出した経験があって。

──15歳ですでに本を出版されていたのですね!

山崎:私は父の仕事の都合でメキシコに行っていたのですが、母がメキシコでの経験をもとに本を執筆していたんです。80年代頃は、「帰国後に馴染めない」、「日本の文化や言語にすぐに適応できない」といったことで帰国子女の問題点がクローズアップされている時代でもありました。そんな帰国子女たちの体験をまとめた書籍の担当者の方が、母の書いた本で私を知り、出版のお話をいただいたのが13歳のとき。14歳にして、早くも書き下ろしの原稿を書く地獄を経験しました(笑)

──学校での課題に加え、執筆とはかなり過酷だったように思います。

山崎:締め切りのプレッシャーは常に頭のどこかにあり、母と編集者からダブルチェックを受ける……と、心が折れそうになることもありました。15歳で出版した本をきっかけに執筆の依頼を受け、原稿用紙にシャープペンで書いて提出、みたいな感じでしたね。さらに大学入学後、私の本を覚えている方から推薦していただき、朝日ジャーナル(※1)で書き始めたのが、ライターとしての活動の始まりですね。

──山崎さんが報道誌である朝日ジャーナルで執筆をされていたのは、とても意外でした。カルチャーを紹介する形での執筆はそこからどのように始められたのでしょうか。

山崎:20代の終わりに、インターネットと出会ったことが大きいですね。当時はブログではなく、テキストサイトの時代でした。自分の好きな映画や本について意見を述べることができ、しかもそれを多くの人に読んでもらえる。ただテキストサイトはサーバー容量の問題もあったので、書いた文章を自主製作の冊子にして読者の人に郵送することをしていました。そのうち、大胆にも「書店に置いてもらえないかな」と働きかけてみたら、ありがたいことに青山ブックセンターで置いてくれたんですよ。さらに、その冊子を見た編集者の方から、「Olive(※2)で連載しませんか?」と連絡をいただいて。

──インターネットとの出会いは、山崎さんにとってとても大きいものなのですね。

山崎:報道誌での執筆から今のようなコラムを執筆する仕事にシフトしたのは、インターネットのおかげと、運が良かったからだと思います。まさか、10代の頃に読んでいた憧れの雑誌で、自分が連載を持つとは思いませんでした。

※1:1959年に創刊され、1992年に廃刊となった日本の週刊誌。当時の発行元は朝日新聞社。
※2:日本の女性向けファッション雑誌。マガジンハウスより1982年に創刊、2003年に休刊した。

 

大人にこそ読んでほしい作品の数々。

──これまで少女向けの小説に触れていなかった大人に、読んでほしい作品はありますか?

山崎:過去にそういった作品を読んでこなかった人におすすめする際、私は読む順番が重要だと思っています。少女小説の定番でもある『赤毛のアン』は、大人になった今になって読んでみても、あまりピンとこない方もいるでしょう。そこで、私は同じくモンゴメリの『青い城』をおすすめしたいです。

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──こちらはどのような作品なのでしょうか。

山崎:主人公は『赤毛のアン』の活発なアンとは正反対の内気な女性、ヴァランシーです。貧しい彼女は親戚を頼るも、「行き遅れ」だの「器量が良くない」だの散々なことを言われ、そんな折、心臓の病で余命幾ばくもないことを知ります。そこで「もう好きに生きるんだ」と決意した彼女がまず何をしたのかというと、親戚が集まってる場で、自分を馬鹿にしてきた彼らを逆に罵倒するっていう(笑)大人が読んでも面白い話なので、まずは『青い城』を読んでから『赤毛のアン』を手に取るのが良いのではないでしょうか。

──たしかに、大人が主人公だと『赤毛のアン』よりも身近に感じられそうです。

山崎:同様に、『あしながおじさん』も孤児院で育った女の子の物語なので、大人になった今から読むのをためらうかもしれません。そこで、私がおすすめしたいのは、続編にあたる『続あしながおじさん』です。

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山崎:『続あしながおじさん』の主人公は、『あしながおじさん』の主人公のジュディの友達、サリーです。彼女がひょんなことから、ジュディが育った孤児院の院長を任せられるのですが、お嬢様育ちのサリーにとっては当然ながら未知の世界。よく知らない子供たちの面倒を見ながら、サリーがジュディに話す体験談が本当に面白いですよ。たとえば「食堂を改装して、美味しいご飯を食べさせた。みんなナプキンを知らなかったのか、うっとり鼻をかんでいたの」とか、「どうやらおつかいの後、お釣りをちょろまかすことを覚えたみたい」といった話から、サリーが孤児院の改革に向け奮闘している姿がうかがえます。

──ひとつのお仕事小説のような。

山崎:お仕事小説の要素もありますが、口の悪い小児科医とのロマンスも描かれているため、青春小説でもあります。『続あしながおじさん』を入り口に『あしながおじさん』を読むのもおすすめです。また、『優雅な読書が最高の復讐である』でも紹介している『“少女神”第9号』は、ファンタスティックな面もありつつ、かっこいい小説なのでぜひ読んでほしいですね。

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──山崎さんは本をおすすめする際、読む順番を重要視されているのですね。

山崎:海外文学を紹介する人って時々、いきなり大作や名作を薦めたりするじゃないですか。名作といわれる作品はたしかに面白いですが、いきなり高いボールを放って誰も打ち返せない、挫折してしまうようなことを避けたいですし、なによりそこに至るまでの階段がなくてはならない。『青い城』や『続あしながおじさん』をご紹介したのも、そういった理由からです。

──挫折してしまう作家としてよく名前が挙がるトマス・ピンチョンについても本の中ではご紹介されていましたね。

山崎:トマス・ピンチョンはいきなり代表作である『重力の虹』や『V.』を手に取るのではなく、サスペンスものの『競売ナンバー49の叫び』を読んで、どんな作家か掴むことから初めてみてはいかがでしょうか。ロサンゼルスを舞台にした『LAヴァイス』も探偵もののプロットなので、ピンチョンを読むなら入りやすいこれらの作品をおすすめします。

 

シチュエーション毎に、読む本を選びたい。

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──『優雅な読書が最高の復讐である』には150冊を超える作品が紹介されていますが、思い入れのある作品はありますか。

山崎:20年分ほどの中から選んでいるため、全部の本に思い入れがありますが、14歳のときに初めて読んで、特別な読書体験のある『ロリータ』の話を最初に持ってくることができたのは感慨深いですね。本は若いときに読んで血肉になったことを大人になってから読み返すと、あらためていろいろなことがわかります。私にとって『ロリータ』は今自分が書いていることのテーマになっているというか、原点が含まれていることに気がついて。

──本の紹介はもちろん、書店や映画などのカルチャーについても広く言及されていて非常に濃い1冊だという印象を受けました。山崎さんは書評を書くうえで、感想やアイデアを記録しているのでしょうか。

山崎:文章を書くときに大事なので、手書きで残しますね。特に洋書の場合、好きな場所や引用したい文章を目でパッと探すのが難しいので、メモを書いて本に貼っておくこともあります。また、2〜3冊を併読するため、まとまらなくなる危険性があるので、2年くらい前からExcelでタイトルや良いページを記録しています。こうすることでペースが把握できるし、読みかけの短編集の未読部分を見失うこともありません。

また、本は服と同じで、天気や気分によってその日に読む本が変わるように思います。持ち歩きにはこの作品、旅先にはあの作品というように、作品に合ったシチュエーションで読みたいんです。

──『東京公園』(著:小路幸也)を紹介する章では、実際に舞台となった公園をイメージして歩かれているのが素敵でした。

山崎:舞台になった場所の詳細が描かれている小説は、実際に舞台を想像しながら歩くことができるのが魅力だと思います。今年の夏はアントニオ・タブッキの『レクイエム』の舞台にもなったリスボンを訪れたのですが、事前に「リスボンは『レクイエム』をガイドブック代わりにしている人が多い」と聞いていたこともあって、『レクイエム』を持参しました。作中に古美術館でボシュ(※3)の作品が登場するシーンがあるので、『レクイエム』の表紙と合わせて写真を撮ったりして。そういうことを追体験するのが好きです。

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(インタビュー当日、山崎さんが持ち歩いていた書籍)

※3:ヒエロニムス・ボス(ヒエロニムス・ボシュとも表記)。ルネサンス期のネーデルラント(オランダ)の画家。

 

古本屋で味わえる、宝探しのようなわくわく感。

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──場所や食べ物など、ディテールなど細かい描写が徹底されている作品がお好きとのことでしたが、その他山崎さんが惹かれる本の要素はありますか。

山崎:装丁や表紙が好きなこともあって、ブックデザインにこだわりの見られる本が好きです。これだけ電子書籍も普及している時代、わざわざ書籍として買うのなら、持っていて嬉しい書籍を選びたいです。洋書は装丁に強いこだわりが見られる作品が多いのですが、特に村上春樹の作品を多く手掛けるチップ・キッド氏の作品は素晴らしいと思います。

──なるほど。ちなみに今、山崎さんはどのような本を読んでいらっしゃるのでしょうか。

山崎:今まさに持ち歩いていて、読んでいるのが、洋書を専門にした古本のカタログ、『THE SECOND SHELF』です。古本市場は白人男性の価値観で決まっていて、古本で高値がつくのはアカデミズム的な要素が含まれるもの、男性作家のものが中心という見方があります。しかしそれ以外の作品が埋もれてしまうことを危惧した人々による「女性作家の古本を評価し、価値のあるものとしよう」というプロジェクトが始まっています。

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──掲載されている、美しい表紙や背表紙を眺めるだけでも楽しそうです。

山崎:ここに掲載されているのは女性作家の作品だけで、私の好きなシルヴィア・プラスという詩人の私物のスカートも紹介されています。しかも、紹介されている作品は実際に購入もできるんですよ。「素敵な本の装丁や作品が並ぶカタログが、すでに1冊の本として芸術作品になっているなんて!」と興奮しました。

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──山崎さんは過去にも古本のガイド本を出されていますね。

山崎:はい、以前に出版した古本のブックガイド『ブック・イン・ピンク おしゃれ古本ガイド』のような古本ガイド本は今後も執筆したいです。ネット書店が広く紹介された当時、女の人の店主が可愛らしい本やファンシーな本を紹介しているのが新鮮で、表向きは乙女向きの古本ガイドでありながらもところどころマニアックなものを入れたり、女性ならではの新しい目線が古本に入っているのがすごく良かったです。このカタログを読んだときにそれを思い出しました。私が古本屋や中古レコード屋に惹かれるのは、宝探しをするようなわくわくする感覚があるから。そんな感覚を、自分の好きな古本屋というジャンルを通じて届けたいです。

<了>

初出:P+D MAGAZINE(2018/11/15)

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