滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第1話 25年目の離婚 ②

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~

よく電話をかけてくる友人の一人、ポール。
彼の心労が、ほかの誰よりも身につまされるのはなぜだろう──。

 まずは、コミュニケーションの問題が目の前に立ちはだかった。韓国を案内してもらう程度ならよかったけれど、スジョンとの間は、原始的な英語を通してやっと意志が通じるというありさまで、ことばが動いていかないのだった。

 アメリカに住んでいるのだから、そして、アメリカ人の夫がいるのだから、英語を少しは勉強する必要があるとポールは思うのだけれど、スジョンは、通い始めた英会話学校も、もどかしくてドロップアウトしてしまった。

 ことばはかなり時間がたっても壁のままで、会社のパーティへ行けば、ポールは、文法も発音もでたらめの、何を言っているかわからないスジョンの英語をまともな英語に訳すのに苦心しなければならない。形式だけのぎこちないやり取りが続き、成り立たない会話を何とか成り立たせても、同僚はうわべをすべるだけのトンチンカンな会話から抜け出すための口実を見つけて丁重に逃げ出し、ポールは妻と残され、話がほとんど通じない妻と虚(むな)しいことばを交わさなければならない羽目になる。

 苦しい社交を終えてうちに帰るころには、ポールは疲れている。が、うちに帰っても、スジョンとの会話はいつもデッドエンドだ、パーティがどうだったとか、あの人がこんなことを言ったとか、こんなおかしいことがあったとか、あのフィンガーフードがおいしかったとかまずかったとか、ちょっとした他愛(たわい)ないことをしゃべり合うこともない。映画を見たあとでも、親戚の集いに行ったあとでもそうだ、ことばのキャッチボールは一向にうまくいかず、二人の間でことばはこぼれ落ちていく。

 それでも、最初のうちは、コミュニケーションがうまくいかないのは、スジョンが片言の英語しかできないせいだとポールは思っていた。いつしかスジョンのピジン・イングリッシュが上達して会話がスムーズになれば何もかもうまくいく、と、それまで辛抱強く待つつもりだった。ただし、問題をことばのせいにしていたうちはまだよかったのだ。

(つづく)
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桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。

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