上野千鶴子を知るための「おすすめ本」4選

2019年4月、東京大学の入学式祝辞をきっかけに、上野千鶴子さんの言葉が大きな注目を集めました。日本におけるフェミニズムの旗手であり、「おひとりさま」ブームを生み出した存在でもある、上野千鶴子さんのおすすめの著書を4作品紹介します。

2019年4月、東京大学の入学式で読み上げられた、社会学者の上野千鶴子さんによる祝辞が大きな話題を呼びました。

東京大学の中にも女性差別は存在すると淡々と説き、“恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください”と新入生に語りかけた祝辞をきっかけに、上野さんの著作にも興味を持ったという方は多いのではないでしょうか。

フェミニズムの旗手として名高い上野さんですが、その著作は女性の「老後」や「セックス」、「性差別」にまつわるものなど多種多様です。今回は、上野千鶴子さんを知る上でおすすめの4冊の本をご紹介します。

女性が生き抜くための金言集『上野千鶴子のサバイバル語録』

サバイバル語録
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4163902546/

上野千鶴子さんの本をこれまで読んだことがないという読者にまずおすすめするのが、『上野千鶴子のサバイバル語録』。本書は、上野さんの著作群から選り抜いた140の言葉を紹介している語録集です。
紹介されている言葉は、人生や仕事に関するものから老後、女性に関するものまで実にさまざま。たとえば、「仕事」にまつわる章には、

仕事は天命でもなければ生きがいでもありません。メシの種です。

人生の勝負は短期では決まらないということを認識してほしい。自分だけ抜け駆けして出世したって、仕事を優先し過ぎたツケが子どもにくるかもしれないし、会社だってあなたの貢献に報いてくれるとは限らないのですから。人生の後半になってから、自分の人生、悪くなかったなあ、と思える時間を過ごしてほしいですね。

といった、力強くも肩の荷が下りるような言葉が収録されています。
また、「恋愛・結婚」にまつわる語録の中の、

どこかのおじさんやおばさんがいうように、「とりあえず結婚しなさい」とか「だれでもいいから結婚しなさい」なんていう無責任な言辞には耳を貸さないよーに(笑)。もうそんな時代はとっくに終わったのだから。

わたしは結婚契約をこんなふうに定義しているんですよ。「自分の身体の性的使用権を、特定の唯一の異性に、生涯にわたって、排他的に譲渡する契約のこと。」

といった言葉にも、思わずはっとさせられる方は多いのではないでしょうか。
タイトルのとおり、本書は、生きづらさを抱える女性たちがこの世を少しでも気丈に生き抜くための語録です。上野さんは本書のあとがきを、このような言葉で結んでいます。

あなたの先輩やオバ、姉の世代が経験した怒りやつらさが、あなたの世代には、もう少し軽くなりますように。女のサバイバルのために、こんな『語録』など要らない時代が来ますように。
とはいえ、それまでは、女が女に贈ることばは、わたし自身にとってそうであったように、女にとって命綱の役割を果たすことでしょう。

“女性の老後”を徹底的に考える一大ベストセラー『おひとりさまの老後』

おひとりさま
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4167801620/

『おひとりさまの老後』は、上野さんが2007年に発表し、日本中に「おひとりさま」という言葉のブームを巻き起こしたベストセラーエッセイです。
本書では、“結婚したひとも、結婚しなかったひとも、最後はひとりになる”という定義のもと、女性が老後をひとりで生きるためのさまざまな知恵が説かれています。

一例を挙げると、老後に「どこでどう暮らすか」の話題。持ち家で暮らすべきか、あるいは老人ホームなどの高齢者施設で暮らすべきかだけでなく、高齢者施設に入る場合は個室を選ぶべきか否か? といった非常に細かい問題まで踏み込んで、具体的なケースを紹介しながら考察しています。

中でも考えさせられるのが、「どんな介護を受けるか」についての考察です。
上野さんは、介護されることを勇気を持って受け入れるべきと説き、人に介護されずにある日突然亡くなるのがベストとでもいうような“ピン・ピン・コロリ主義”はファシズムだとまで言い切ります。そして、「介護される側の心得10カ条」として、以下のような“心得”を挙げています。

自分にできることと、できないことの境界をわきまえる

なれなれしいことばづかいや、子ども扱いを拒否する

介護してくれる相手に、過剰な期待や依存はしない

上野さんの言葉は、結婚してもしていなくてもいずれ“おひとりさま”の自分を受け入れることになる女性にとって、実用的で心に留めておきたくなるものばかり。自分の老後について真剣に考えたくなったとき、指針となるような1冊です。

性の話題をタブーにさせない対談集『セクシュアリティをことばにする』

セクシュアリティをことばにする
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4791768620/

『セクシュアリティをことばにする』は、心理学者の信田さよ子さんや医師の熊谷晋一郎さん、文筆家の北原みのりさんなど、さまざまな分野の著名人と上野さんとの討論をまとめた対談集です。

対談のテーマは“セクシュアリティ”を軸に、出産、風俗、セクハラなど多岐にわたります。小説家の川上未映子さんとの対談の中では、子どもを出産した川上さんの葛藤について、こんな会話が交わされています。

川上 最近の生活でも感情の波があって、いい短編が書けたときには、私の残りの人生は、このことのために使うべきだと思うんです。でも子どもと一緒にいるときは、これ以上のことが一体何があるんだろう、なんて思ってしまう。(中略)
これ呪縛だなあと思ったのは、出産直後に阿部(※川上さんの夫)が子どものおむつを替えたんですね。そのとき無意識に「ごめんね」って口にしているんですよ。あるときそれに気づいて「ねえあなたね、私がおむつを替えているとき、ごめんねって思ったことある?」と聞いたら、全然ない、って。

上野 母親が子どもを最優先するからこそ、子どもは成長していくんですよ。男ももっと子育てにコミットすべきだと思うけどね。コミットすればするほど、人生において子どものプライオリティがあがるでしょう。

子どもを持つ女性の中には、川上さんの言葉に思わず共感してしまう方も少なくないのではないでしょうか。女性が社会の中で置かれている弱い立場や、女性がセクシュアリティについて語ることがタブー視され続けている風潮について、上野さんとさまざまな人たちとの対話を手がかりに、考え直すきっかけになるような1冊です。

ミソジニーについて知るための教科書『女ぎらい ニッポンのミソジニー』

女ぎらい
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4022619430/

『女ぎらい ニッポンのミソジニー』は、日本の男性・女性の中にあるミソジニー(女性嫌悪)について、さまざまなデータやエピソードを踏まえ真正面から解説している1冊です。

上野さんは、ミソジニーという考え方がなぜ生まれるかについて、このように分析しています。

男は男たちの集団に同一化することをつうじて「男になる」。男を「男にする」のは、他の男たちであり、男が「男になった」ことを承認するのも、他の男たちである。(中略)
これに対して、女を「女にする」のは男であり、「女になった」ことを証明するのも男である。

上野さんは、男性の中には社会的な集合体としてのホモソーシャル(※恋愛または性的な意味を持たない同性間の結びつきや関係性のこと)があるものの、女性の中にはそういった集合体が存在しないため、社会的な評価はホモソーシャルの中で受けざるを得ない構造があると説きます。その考え方を偏らせた結果、男性社会の中で評価を受け優位に立とうとするあまり、社会的なマイノリティである女性を嫌ったり下に見たりするミソジニーが生まれる、というのです。

本書の中には、男性やホモソーシャルのあり方に対してやや断定的ととれるような表現も散見されます。しかし、そのような点を差し引いても、フェミニズムや女性学をこれから学ぼうとしている方にとって、必読書であることは間違いありません。

おわりに

上野さんは、『上野千鶴子のサバイバル語録』の冒頭に、このような文章を寄せています。

60年以上もにんげんをやってくると、たとえ世の中は変えられなくても、自分の身の廻り5メートルの範囲ぐらい、気持ちのよい人間関係をつくりだすことができるようになりました。(中略)

むかつくこともキモチわるいこともいまだにたくさんあるけれど、それ以上に生きてきてよかったな、にんげんっていいな、よくやってるな、と思えるいまがあります。そしていのちが尽きるまで、ちゃんと生きおおせよう、と思います。
あなたにもそう思ってもらいたい。生き延びて、人生の終わりに、生きてきてよかったな、と思ってもらいたい、と思います。

この言葉に励まされ、背中を押される方は、きっと多くいらっしゃることでしょう。話題の祝辞に胸を打たれて上野さんに興味を持ったという方も、祝辞には共感できなかったけれどフェミニズムや女性学について学びたいという方も、ぜひ、一度は上野千鶴子さんの著作を手にとってみてください。

初出:P+D MAGAZINE(2019/05/08)

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