滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 特別編(小説) 三郎さんのトリロジー②

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ

三郎さんは、刑務所にいたことがあるらしい。
ヒョウタン池でゼニガメを飼う三郎さんは、
そんな悪人には見えなかった。

「ゼニガメのようすはどうですか」と尋ねると、三郎さんは、戸惑いながらも、最近、食欲が落ちて元気がなくて心配だ、というようなことを言った。

「元気がないのは、寒くなってきたからだと思う。カメっていうのは、寒い間は冬眠するから、だんだん動かなくなるんだって」

「じゃあ、寒いうちは、食べんでええんかな」

「気温の高いうちに脂肪を貯(た)めて太ってるから平気なんだよ」

 そこで、三郎さんは、ゼニガメを捕まえて、じゅうぶん太っているかどうか見せに来た。でも、三郎さんのゼニガメが太っているのか痩せているのか、知るよしもなかった。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ぜんぜん、平気だよ」

 軽く流しておいたけれど、それから真冬日が続いて、翌週、日曜学校に来ると、ゼニガメは池に薄く張った氷の上で裏返しになって浮かんでいた。三郎さんは死んだゼニガメを見つけると、桜の下に穴を掘ってゼニガメを葬った。窓を通して、三郎さんが袖で目を押さえているのを見て、悪いことをしたと思って、心が痛くなった。

 あとで知ったのだけれど、子ガメは体力がないので、冬眠はさせず、寒い間は室内で育てるのがいいということだった。でも、三郎さんには今さらこんなことを言えず、あるとき、勇気を出して、池の柵ぎりぎりまで行って、池の掃除をしていた三郎さんに声をかけた。

「三郎さん、あの子ガメ、特別の寒がりだったんだよ」

 藻を網ですくっていた三郎さんは、驚いて顔を上げた。

「寒がりだったから、冬が越せなかったんだ」

 三郎さんは、網を引き寄せ、かすかにうなずいた。

「でも、土の中はあったかいから、子ガメももう寒くないよね」

 すると、初めて、三郎さんは、顔を突き崩すようにして笑った。

 ゼニガメのお墓に手を合わせようと、柵の周りを伝って桜の木に近づいていったそのとき、神父さんが慌ててやって来て、

「教会に戻りなさい」

 と声を上げた。

 四角い声がますます四角く聞こえたので、びっくりして立ち止まった。

「教会に戻りなさい」

 神父さんは、さらにもっと四角い声で言い切った。

 すごすごと引き返すと、後ろで、三郎さんを?りつけるのが聞こえた。そうっと振り返ると、三郎さんがうなだれているのが目の端で見えた。それからはもう二度と三郎さんに声をかけることはなかった。そのうち日曜学校をサボるようになって、教会で三郎さんの姿を見ることがなくなると、三郎さんのことなどすっかり忘れてしまった。

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桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。

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