滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 特別編(小説) 三郎さんのトリロジー④

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ

ある昼下がり、
社長が珍しく怒鳴り声を上げた。
目線の先には三郎さんがいて…。

 そんな社長が、ある昼下がり、社長室のドアを力いっぱい開けて、珍しく怒鳴り声を上げた。事務所には、珍しく営業マンの中村さんがいた。

「山田(やまだ)さん用に、喪中の商品を持っていくやつがあるか!」

 社長は怒鳴った。赤ら顔がますます赤くなって、まるでトマトだった。

 中村さんは、険しい顔をして、もそもそと立ち上がった。

 社長が怒るのも無理もない、山田館は地元の結婚式場で、高柳の長年のお得意さんだった。その結婚式場から、喪中用の熨斗紙(のしがみ)と包装紙を届けられたと苦情があったのだ。熨斗紙と包装紙は、紙袋に入ったまま、引き出物の業者に渡され、そして業者は、渡された包装をして引き出物を届けてきたという。

「中村君、常識でわからんかね、常識で」

 中村さんは、小柄な体をますます小さくさせた。

「申し訳ありません。忙しかったものですから、ついうっかりと……」

「それは理由になっとらんだろう。山田さんは、先代からのお得意さんなんだ。今すぐ山田さんのところへ行って、引き出物の熨斗紙と包装紙を、全品、取り換えてきなさい」

 滅多なことでは怒らない社長だったが、言うことだけ言うと、社長室に引っ込んで、いつもなら静かに閉めるドアをたたき閉めた。

 中村さんは、しばらく突っ立ったままうなだれていたが、いきなり社長室にツカツカと向かっていって、ドアをノックし、中へ入っていった。

 半分開いたドアから、中村さんが何かをコソコソ社長に話しているのが見えた。普通なら社長室の声は事務所まで聞こえてくるのだが、中村さんは声を落として話しているので、何を言っているのかは聞こえなかった。

 社長は、中村さんの言うことに耳を傾けながらうなずいていた。

 やがて、中村さんの肩をポンポンと元気づけるかのようにたたくと、ドアまで中村さんを送ってから、おもむろに窓の外を見やった。

 三郎さんは、桜の木の下で弁当をむさぼっているところだった。ブック型の弁当箱の隅から口に運び、顔を立て直すと、もぐもぐ嚙(か)んで、桜の木を見上げるようにして呑み込んだ。

 社長は、そんな三郎さんを見て、ほうっとため息のようなものをひと息つくと、こちらを向いて、

「お茶を1杯いれてくれないか。濃いのをお願い」

 と言った。それからまた三郎さんの方をちらりと見やって、社長室に戻り、ドアを閉めた。

 社長のお茶は銀子さんがいれることになっていたが、銀子さんがまだお昼から戻ってきていなかったから、給湯室へ行って、お茶を用意した。

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桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。

◇自著を語る◇ ドリアン助川『水辺のブッダ』
◇自著を語る◇ 鈴木英治『突きの鬼一 赤蜻』