滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 特別編(小説) 三郎さんのトリロジー④

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ

ある昼下がり、
社長が珍しく怒鳴り声を上げた。
目線の先には三郎さんがいて…。

 ヤカンを火にかけて、給湯室にある小さな窓から三郎さんのようすを見ながらお湯が沸くのを待っていると、廊下から中村さんの声が聞こえてきた。暖簾(のれん)の隙間から見てみると、中村さんは携帯を取り出し、柱の陰でひそひそと話している。

「今回の件は誠に申し訳ありません、もう弁明の余地もありません。今すぐ参りまして、きちんと包装し直しますので……」

 ぺこぺこ謝って切ったあと、すぐに出かけるのかと思いきや、中村さんは、また電話をかけ始めた。

「高柳商店の中村です。御園(みその)さんでいらっしゃいますか」中村さんは、こそこそ話を始めた。

「いつもお世話になっております。先日、わたしがお届けした商品ですが、同じ日に別のお客さんのところにお届けするはずのものと取り違えてしまいました。明日にでも、お引き替えに参りますので、よろしいでしょうか……」

 御園は葬儀屋だった。どうやら中村さんは、葬儀屋に届けるものを結婚式場に届け、結婚式場に届けるものを葬儀屋に届けたようだった。

 そこでやっとピンときた。中村さんは、自分のミスを三郎さんのせいにしたのだ。

 窓の外に再び目をやると、三郎さんは、弁当を食べたあとのタバコでいっぷくしているところだった。空気が飴色(あめいろ)に見えるほど、外は暑そうで、三郎さんは、時々、首にかけたタオルで額の汗を拭きながら、タバコを吸っていた。

 昔の、幼稚園であった事件をふと思い出す。なぜ園長の神父さんでなくて、用務員の三郎さんが責任を負わされたのか、その事情はよく知らないけれど、この時分にはいろんなことが見えるようになっていたから、三郎さんは、都合のいいように使われたのではないかと思った。

 社長室にお茶を持っていったとき、中村さんのことを言いつけてやろうと思ったけれど、社長は電話で話していたので切り出せなかった。あとでまた話しに来ようと思ったけれど、いざ事務所に戻ると、社長室に戻る気になれなかった。そもそも言いつけて、どうなるというのだろう。たかが派遣の分際でしゃしゃり出て、中村さんの顔はまるつぶれで、わたしも高柳に居づらくなるし、社長も三郎さんなら納得して、この件はこのまま流される。だから、知らんぷりするのが一番なのだ。三郎さんには、至極、気の毒だけれど、いろんな方法で三郎さんはみんなの役に立ってくれてるんだと思った。
 

(つづく)
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桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。

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