思い出の味 ◈ 大島真寿美
「大島小姐~、許留山、つぶれちゃったらしいですよ、知ってます?」
「知ってる~。泣」
これは、約二十年ぶりに繋がった友人とのメッセージのやりとり。
許留山、というのは香港スイーツのお店の名前。私が好きだったマンゴーパンケーキ(パンケーキといっても、クレープのような薄い皮でマンゴーと生クリームが包んであるもの)は絶品でした。
この友人とはカルチャーセンターの広東語教室で出会い、その教室がなくなった後も、先生の友人宅をお借りしてそのまま教室を存続させ、時には先生も一緒に皆で香港へ行って実地で学んだりした(というか、遊んだ)仲。
〝小姐〟(若い娘にしかいわない)、というのも、お互い、そう呼び合っていた、この時代の名残なのです。
私は当時、香港映画に狂っていたので、香港に行っても、映画を観たり、VCDを買い漁ったり、大半の時間をそちらに費やしてましたが、彼女はおいしい食べ物につられて広東語を学び出したという根っからのグルメゆえ、おいしいと評判のお店を実によく知ってました。香港で生まれ育った先生よりも詳しいくらい。つまり食事の時間に賭けてました。
なにこれおいしい~。
うひゃあ。
何度叫んだことか。というくらい香港はおいしいものだらけ。凰爪(鶏の足の先のところ)、また食べたいなあ。長洲島で食べた黄油蟹、上海蟹よりおいしかったよなあ。などなど、思い出されるのはおいしい食べ物のことばかり。
何年ぶりであろうとも、我々を確かに繋いでくれるのは、この味の記憶なのであります。
返還後、私達の足は次第に香港から遠ざかり、やがて広東語教室も解散。私も香港に行かなくなりました。なので許留山がずっと、私の知るあの味のままだったかどうかはわかりません。香港は今や、一国二制度も危うくなり、あの頃とまるで変わってしまった。ほんとに悔しくて悲しい。だからこそ私は、あの頃の香港がとてもとても懐かしいのです。