五十嵐律人『魔女の原罪』

裁判でなければ解決できないもの

五十嵐律人『魔女の原罪』

 第六二回メフィスト賞受賞のデビュー作『法廷遊戯』の映画化が決定(一一月公開予定)し、現役弁護士作家・五十嵐律人への注目が集まっている。『魔女の原罪』は、魔女裁判(魔女狩り)を題材に据えた斬新なリーガルミステリーだ。「リーガルミステリーだからこそ書けるものがある」。その意図とは──。


クローズドな場所ならば魔女裁判も起こり得る

 現役弁護士としての知見を活かし、リーガルミステリーの可能性を開拓してきた著者にとって、第六作目に当たる『魔女の原罪』は異色の作風だ。

「社会が変われば法律も変わり、その影響で新しいリーガルミステリーが生まれてくる。今まではその考え方で、スクールロイヤー(学校内弁護士)やSNSの誹謗中傷といった現代的な問題を物語で扱うパターンが多かったんですが、今回は違いました。日本で言えば戦前の治安維持法や戦後の優生保護法など、過去を振り返ると悪しき法律や悪しき裁判がたくさんあったことに気付きます。そういったものが現代にもあったとしたらどうなるか? それが書けたら、今までにないリーガルミステリーになるんじゃないかと思ったんです」

 そこで目を付けたのが、魔女裁判(魔女狩り)だった。無実の人間を裁判で魔女と認定し、死刑に処すことによりコミュニティの穢れを祓う、という中世のヨーロッパで広く行われていた慣習だ。被害者は、数万人にも及んだという。

「法律を学んでいると、魔女裁判に触れる機会が結構あるんです。例えば魔女裁判では審問官が、検察官と裁判官の役を兼ねている。それをやっちゃったら、審問官一人が思う通りの結論になりますよね。その欠陥を克服するために、今では弁護士と検察官と裁判官の三者を必ず分けるようになった。魔女裁判が、現代の法律の土台になっている部分があるんです」

 魔女裁判(魔女狩り)が、もしも現代日本において実際に起きていたとしたらどんなものになるか。何より重要なのは、そこでどのようなコミュニティを描くのかという作家の想像力だ。

「これだけ価値観が多様化してきている中で、日本全体で魔女裁判が起こることを想像するのは難しい。でも、クローズドな場所だったら起こるんじゃないか。クローズドな町とかクローズドな学校の中であれば、普通とは違う価値観とかルールがまかり通っている状況が作れるのではないかと思いました」

 実はその想像力が、この物語にもう一つのジャンルを呼び込んだ。ホラーの帝王スティーヴン・キングが得意とする「スモールタウンもの」だ。『魔女の原罪』の幕開けの感触は、ホラーだ。

「大学生になると実家を出る人も多いですが、高校生って町とか家族と密接に関わっている気がします。しかも、小中学生とは違い人生の経験値もそれなりに高まっている。この年代の人物の一人称で書くことで、この町の不気味さが一番出るのではないかと考えました」

推理を披露するのは弁護士としては失格

 主人公の「僕」は、鏡沢ニュータウンで父母と暮らす、鏡沢高校の二年生で文芸部所属の和泉宏哉だ。週に三回、一緒に人工透析の治療を受けている同級生の水瀬杏梨と、クリニックで会話を交わす場面から物語は始まる。杏梨は言う、「魔女と魔法使いの違いを知ってる?」。答えは、「魔法使いの中にも善人はいる。でも魔女は、存在自体が悪なの」。

 その印象的なやり取りがくさびのように打ち込まれたところで、物語が少しずつ動き出す。まずフォーカスされるのは、鏡沢高校の日常だ。

「生きていく中で一番最初に、我が事として直面する法律的な問題は、校則だと思います。自分が中高生の頃を振り返ってみると、校則に書いてあることは正しいことだから、いかにその裏道を探すのかみたいなことを考えていた。でも、そもそも校則は変えることができるし、理不尽な校則だったら異議を申し立てられる場合もある。ルールとされていることが絶対的に正しいわけではない、と知る原体験も校則だった気がするんです」

 しかし、鏡沢高校には校則がない。その代わり、法律が厳格に適用される。入学式では、分厚い六法が生徒一人一人に渡されるのだ。校内の至る所に監視カメラが設置されており、違法な行為は見逃さない。不祥事を起こした生徒は「実名報道」される。一年一組の柴田達弥が、女子硬式テニス部の部室に侵入して財布を盗難した──。宏哉は、クラスメイトたちから無視されるようになった後輩を救い、盗難事件の真相に迫る。

「最近のいじめでは表だった暴力はなりを潜めているイメージがありますが、むしろもっと陰湿な、仲間の輪に入れないとか、みんなで無視するといった〝不作為〟がまかり通っている。何もしていないと言えば何もしていないんだけれども、手を差し伸べないことによって相手をどんどん追い詰めていくんです。法律論的な視点から見た場合、適法とされているいじめをどうやってやめさせることができるのか、主人公と一緒に考えてみたいと思いました」

 後輩のいじめ問題に一つの決着が付いたところで、物語の雰囲気がガラッと変わる。集団の論理が、今度は主人公のほうへと刃を向けてくるのだ。背筋の凍る展開が相次ぐ中、鏡沢高校の特殊性は、鏡沢ニュータウンというコミュニティの特殊性と直結していることが徐々に明らかになっていく。そして、第一部ラストで事件が起こる。ある少女の死体が発見されるのだ。第二部のメインは、少女の死にまつわる裁判の記録だ。

「第一部の最後で起こった事件を第二部で、裁判を通じて解き明かしていく。この二部制は、デビュー作の『法廷遊戯』をなぞっています。実は、二作目以降は裁判から意識的に距離を取っていたんです。裁判を扱うと法律上のいろいろなしがらみが出てきてしまうので、もうちょっと自由なものを書きたいなと思ったからです。例えば、作中にも書きましたが、弁護士は名探偵になり得ない。クライアントファーストなので、依頼人が自分は無罪だと言ったら無罪を主張しなければいけないし、そこで事件の真相に気付いて推理を披露したりするのは、弁護人として失格なんですよね。ただ、裁判からあえて離れた作品を書いていったことで、裁判でしか書けないこともあるんだと再認識することができました。その実感をもとに、『法廷遊戯』以来久しぶりに、正面から裁判を扱ってみようと考えたのが『魔女の原罪』でした」

裁判で証言するからこそ相手にも響くものになる

「僕は弁護士になってもう少しで三年経つんですが、裁判は一年とか二年くらい継続するのが普通です。弁護士になった頃に関わってきた事件が、ようやく裁判になって証人尋問までいったり、結審したりという経験を最近するようになりました。もともと裁判所の書記官をやっていたので実際の裁判の流れなどは分かっていたんですが、実際にプレイヤーとして法廷に立ってみると見えてくるものが違う。裁判絡みのシーンは、『法廷遊戯』の頃よりもリアリティを持って書けたと思っています」

 例えば、どんなシーンだろう?

「弁護士として依頼人と話す時に、一方的に知識を押し付けたり、綺麗事を言うのは簡単なんですよね。そうではなくて、同じ内容を伝えるんだとしても相手の置かれている立場を想像して、その人に響くような言葉を探さなければいけない。あとは、動機を探る部分ですかね。基本的に罪を犯す時って、その人の中でその人なりのロジックは繋がっている。話を聞くと、自分はしないけどそうする心理は分からないでもないなってケースは結構あるんです。でも、たまにこの人は論理がめちゃめちゃ飛躍してるなって感じる時があるんですよ。そういう人のほうが、犯罪性は根深かったりするんです」

 ただ、そういったリアリティはあくまで演出の一環にすぎない。本作の主眼は主人公が知らなかったこの町の秘密であり、裁判を通して明かされる事件関係者たちの驚くべき、恐るべき心情だ。

「サスペンスドラマのラストは崖の上が選ばれるのと同じように、リーガルミステリーでも最後は法廷シーンが見どころとなっています。それは盛り上がるしお約束だからというのではなく、真実を法廷で明らかにすることに意味があるんですよね。世の中には、裁判でなければ解決できないものがある。裁判で証言するからこそ、その言葉が相手にも響くものになるんです」

 これ以上の内容は、この記事でほのめかすことすらしたくない。ただ、本作を読んで抱いた確信を最後に伝えておきたい。リーガルミステリーは、まだまだ新しくなれる。


魔女の原罪

文藝春秋

宏哉と杏梨は、週に3回人工透析を受ける。でないと生命を維持できないからだ。彼らの通う鏡沢高校には校則がない。ただし入学時、生徒手帳とともに分厚い六法を受け取る。一見奇妙に思えるが、彼らにとってはいたって普通のことだ。しかし、ある変死事件を機に、鏡沢高校、そして町の秘密が暴かれていく──。『法廷遊戯』映画化で注目を集める現役弁護士作家の特殊設定リーガルミステリー。


五十嵐律人(いがらし・りつと)
1990年岩手県生まれ。東北大学法科大学院修了。弁護士(ベリーベスト法律事務所、第一東京弁護士会)。『法廷遊戯』で第62回メフィスト賞を受賞しデビュー。著書に『不可逆少年』『原因において自由な物語』『六法推理』『幻告』がある。

(文・取材/吉田大助  撮影/浅野剛 )
〈「STORY BOX」2023年7月号掲載〉

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