スピリチュアル探偵 第19回

スピリチュアル探偵 第14回
スピリチュアル探偵の新境地!
ヒーリング・クッキングに挑戦。

マダムの不思議な欧州体験

さて、訪ねた先はいかにもお高そうな住宅が建ち並ぶ、都内の某エリア。A子さんとそろってインターホンを押すと、家屋の外観から想像するイメージと寸分も違わない、派手なアクセサリーをいくつか纏った派手めのマダムが出迎えてくれました。

通されたのはカウンターキッチンが見える広めのリビング。すでに4人の女性がいて、この日は僕らを含めて計6人でレッスンを行なうとのこと。洗面所で手洗いをして、まごまごと慣れぬ所作でエプロンを身に着け、テーブルに着席してマダムの準備が整うのを待ちます。

他の参加者の面々は、いずれも30~40代くらいでしょうか。彼女たちが何を思ってヒーリングフードを習いに来たのか興味は尽きませんが、何のBGMもないリビングはシーンと静まり返っていて、雑談に花が咲くほど場が温まりません。同伴のA子さんとの会話も、ついヒソヒソしてしまいます。

待つこと数分。高そうなエプロンを着けたマダムが「さあ始めましょう!」と高らかに宣言し、沈黙は破られました。

マダムいわく、この日のメンバーの中には2人ほどリピーターがいるそうで、つまり僕らを含めた4人は初参加。まずはマダムの簡単な自己紹介と、ヒーリングフードの説明から幕を開けました。

なんでもこのマダム、夫の仕事の都合で海外を転々としてきたそうで、現地で仲良くなった人たちに和食を教え始めたのが料理講師の原体験なのだとか。和食ブームの影響もあり、マダムの教室は盛況だったようで、1年、2年と続けるうちに、逆に現地の人から郷土料理を教わるようになったのだそうです。

そして、料理を介した異文化交流を広げていくうちに出合ったのが、この日のお目当てであるヒーリングフード。もともと幼い頃から霊感が強かったと語るマダムは、こんな体験を語りだしました。

「初めてヨーロッパに足を踏み入れて2カ月ほどしてから、身の回りでおかしなことがたくさん起こり始めたの。それまでヨーロッパはおろか、海外へ出たことは一度もなかったのに、街ですれちがう人やレストランのスタッフが、『久しぶり』とか『また会いましたね』とか、次々に声をかけてきて……。それがあまりに続くものだから、最初はパニックでおかしくなりそうだったわ」

そんなマダムの外見は、純和風とは言えないものの、どう見ても東洋の人。海外で他人の空似が発動するのはけっこうレアに思えますから、混乱するのも無理はないでしょう。

「そのうち、向こうで出会ったある人物から、『あなたは前世でこの街で暮らしていたのよ』と言われ、ハッとしたの。言われてみれば、初めて訪れた地域のはずなのに、街のどこに何があるのか、なんとなく察しがついてしまうことがすごく多かったのよ。以前ここで暮らしていたというのも、妙に納得したわよね」

ううむ。なぜ前世の知り合いたちがまだ生存しているのか、素朴な疑問ではあります。

おそらく教室を開くたびにこの説明をしているのでしょう。マダムの口調が仕上がり過ぎていて、それがかえって胡散臭く感じてしまうのが率直な感想。なんだか1万2000円の会費が急に割高に思えてきました。

ヒーリングフードの定義とは?

ともあれ、前世を指摘する言葉を受けて以降、マダムはいっそうスピリチュアルな世界に傾倒していったようで、現地の高名な占い師や霊媒師を訪ねてはセッションを重ねたのだそう。「初めて行った場所で、突然ばーっと頭の中に過去の映像が湧いてくることもしばしば」あったそうなんですが、事実ならなかなかのサイコメトラーぶりです。

ちなみに、「あなたは前世でこの街で暮らしていたのよ」と告彼女にげた人物も、地元では有名なヒーラー(※霊的な力を駆使する治療者)であり、ヒーリングフードの師匠でもあるのだとか。

ここまで黙ってマダムの言葉に耳を傾けていた僕ですが、このあたりで挙手して質問を投げてみることにします。

「――先生、ヒーリングフードの定義って何ですか? 食べるとどういう効果が得られるんですか?」

隣りのA子さんも同じ思いであったようで、無言でウンウンと頷いています。

「はい。皆さんご存じないかもしれませんが、ヨーロッパというのはヒーリングフードの先進国なんです。自然が育んだ食材というのは、大地のパワーを受け継ぎ、私たちの体にエネルギーを与えてくれるもの。だから本来、食材は自然のまま摂取するのが一番なのよ」

質問に対する答えになっていない気がしますが、僕は曖昧に頷きながら次の言葉を待ちます。

「和食も健康食として広く知られていますけど、実は欧風料理も負けていないのよ。塩分や油分が調整しやすいメニューが多いし、調味料もハーブで代用できるものばかり。つまり欧風料理は、自然のものをなるべく自然の状態に近いまま、体に取り込むことができるものなんです」

ふむ。これがヒーリングフードではなくオーガニックフードの説明なら、すんなり聞き入れられるのですが。

「あの、食材を自然のまま摂取すると、どんないいことがあるんですか? たしかに健康には良さそうですが……」

辛抱たまらず、再び挙手してそう訊ねると、マダムは満足そうな笑顔で「あなた、それはとてもいい質問よ」と言ってくれました。

「自然のままの食材には、自然の気がふんだんに含まれているの。これを適切な調理法で食べることで、心と体のバランスが整えられ、免疫力や自然治癒力など、人間が本来持っている力が大きく引き上げられるんです。女性であればアンチエイジング効果も期待できるわね」

なぜアンチエイジング効果は女性だけなのか。単なる言葉の綾なのでしょうが、男だって若々しくありたいもんです。

 


「スピリチュアル探偵」アーカイヴ

友清 哲(ともきよ・さとし)
1974年、神奈川県生まれ。フリーライター。近年はルポルタージュを中心に著述を展開中。主な著書に『この場所だけが知っている 消えた日本史の謎』(光文社知恵の森文庫)、『一度は行きたい戦争遺跡』(PHP文庫)、『物語で知る日本酒と酒蔵』『日本クラフトビール紀行』(ともにイースト新書Q)、『作家になる技術』(扶桑社文庫)ほか。

三浦裕子『リングサイド』
平野貞夫『衆議院事務局 国会の深奥部に隠された最強機関』/欲望とエゴが渦巻く権力闘争の舞台裏