スピリチュアル探偵 第4回

スピリチュアル探偵 第4回
日本人なら一度は体験したい、
イタコの口寄せ!
探偵は東北に向かった。


イタコは国の選択無形民俗文化財

 そもそも、口寄せというものを少し誤解していたのかもしれません。体に魂を憑依させて故人に成り代わり、本人の口調そのままに人格を再現するようなやつをイメージしていたので、今のところ凄まじい消化不良感があります。

「あの。ちょっとおじいちゃんに代わってもらってもいいですか」

 つい電話を代わってもらうような口調で言ってしまいましたが、手慣れた感じで仏壇に拝み直すイタコさん。そもそもその仏壇に祀られているのは、うちの先祖ではなくイタコさん家の先祖だと思うのですが……。

「はい、お聞きしたいことをどうぞ」

 こちらの薄っすらとした失望感をよそに、イタコさんもなんだか電話交換手のようなノリになってきました。

「小学1年の時に亡くなって以来なんですけど、大人になった僕を見てどう思ってますかね?」
「(拝んでから)元気そうで何より、と言ってます」
「うちのじいちゃん、親父がどえらい借金こさえてたことについては、なんて言ってます?」
「(拝んでから)人間、誰しも間違いはある。諦めず頑張るよう伝えてほしい、とのことです」
「ちょっと母方のばあちゃんに代わってもらっていいすか?」
「(略)はい、どうぞ」
「最近、墓参り行けてなくてごめんね」
「忙しいのはいいことよ、体に気をつけて」
「次の正月はそっち帰るよー」
「楽しみに待ってるわね」……etc。

 こうしたセッションが30分くらい続いたところで、こちらもネタが尽きてきました。そこで目線を変えて、いったいイタコとはなんぞや、という取材を試みることに。そもそもこの女性は、どういう経緯でイタコになったのでしょうか。

 聞けば、イタコにも流派のようなものがあるようで、彼女が修行を積んだところは、青森(つまり恐山)のイタコとはルーツが少し異なるのだそう。

「イタコになるにも修行が必要なんですね。どんなことをするんですか?」
「それはもう、いろいろよ。冬でも毎日神社にこもって、水垢離をして、断食の期間をいくつも繰り返して……」
「けっこう過酷なんですね」
「でも今はもう、そういうのはやらないみたい。イタコもどんどん数が減っているしね」

 100年前くらいまでは、盲目の女性がイタコを目指すことが多かったそうですが、習俗としてはかなり下火で、「県内ではもう、私くらいじゃないかしら」とちょっと寂しそうに語るイタコさん。

 ちなみにこの家では代々、女性がイタコを務めてきたそうですが、我が娘にはもう、そのための修行はさせなかったと言います。というよりも、本人がそれを望まなかったのだ、と。どの世界も後継者不足は深刻です。

 それでも秋田のイタコは、「羽後のイタコの習俗」として国の選択無形民俗文化財に指定されています。つまり公費によって保存される対象なわけです。スピリチュアル的な真偽はさておき、どうにかならないものでしょうか。

イタコは消えゆく文化なのか?

 古来、イタコが地域における大切なカウンセラーとして機能してきたことは、想像に難くありません。

 科学が未発達であった時代、人は災害や病気のリスクに大きな不安を抱えながら生活していたはず。そんな中、漠然と神様を信仰するよりも、血縁のあるご先祖様に助けを求めるほうが説得力があったのは自明です。その意味で、イタコの存在意義は大きかったことでしょう。

(それにしても、なあ……)

 イタコさん家からの帰路、このためにはるばる秋田までやってきた僕としては、少なからぬ徒労感を覚えたのもまた事実。祖父母との問答は、誰にでも言える無難なやり取りに終始しました。こうなると、行方不明者の所在を言い当てたというエピソードも、なんだか怪しく思えてきます。

 なぜ恐山のイタコがあれほど認知されているかといえば、おどろおどろしい環境でそれなりの衣装に身を包み、万全の演出がなされているからに違いありません。要は、同じパフォーマンスでも、エプロン姿の主婦では今ひとつありがたみが薄いというのが今回の正直な本音。

 そういえば、帰りの道中に思い出したことがあります。他ならぬ父方の祖母(最初に呼び出してもらったおばあちゃんですね)が生前、津軽のイタコに口寄せをお願いした際、こんなことを言っていました。

「──いや、もうガッカリしたわよ。九州のお父さんを降ろしてもらったはずなのに、イタコの人は津軽弁でしゃべるんだもの。おまけに訛りがキツくて何を言っているのかよくわからないから、お金を払って標準語に通訳してもらうなきゃならないの。上手な商売だこと……」

 あの世にいるおじいちゃんから「オレだよオレ」と津軽弁で言われたところで、納得できるはずがありません。まるで新手のオレオレ詐欺のようです。まあ、これも文化と言えばそれまでなのですが。

 とはいえ、本物のイタコ探しを諦めたわけではありません。そのうち「この人は本物よ」と亡き祖母に言わしめるイタコに出会える日が来ることを願って、引き続き情報を集めることにしましょう。

(つづく)

 


「スピリチュアル探偵」アーカイヴ

友清 哲(ともきよ・さとし)
1974年、神奈川県生まれ。フリーライター。近年はルポルタージュを中心に著述を展開中。主な著書に『この場所だけが知っている 消えた日本史の謎』(光文社知恵の森文庫)、『一度は行きたい戦争遺跡』(PHP文庫)、『物語で知る日本酒と酒蔵』『日本クラフトビール紀行』(ともにイースト新書Q)、『作家になる技術』(扶桑社文庫)ほか。

吉田修一さん 11年ぶりの書き下ろし小説『アンジュと頭獅王』
いま、産むこと・産まないことを考えさせる本5選