辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第29回「理想の人生って何だ」(前篇)

辻堂ホームズ子育て事件簿
東大卒女子の知られざる悩み。
笑われるかもしれないけど、
こちらは大真面目なんです!

 そこで、指定校推薦で行ける大学をこっそり探すことにした。いつも学年1位を争っていた男子生徒が2人いたのだが、彼らはともに理系だったので、文系学部に限れば幸いにも選び放題だった。よっしゃ、せっかく学校でいい成績を取ったんだから、それを生かさない手はないよね! ──というわけで、高2の夏に両親に直談判した。高3の秋で一足先に進路を確定させ、卒業までの半年間で優雅に自動車の運転免許を取ったり趣味の小説を書いたりする、そんな日々を夢見ながら。

 結果は──無残に散った。指定校推薦枠があるのは私立だけで、国公立に比べて学費が高いからダメ、というのが両親の言い分だった。至極もっともな理由だ。給付型奨学金を取れば認められるかと思い、必死にインターネットで調べたけれど、その時点で支給条件を満たすものはなかった。それで心が折れた。その後は元の真面目人間に戻り、予定どおりに東大を目指すことにした。親や教師の期待を撥ね退けるということは、当時の私にとって、それだけ心理的負担が重い行為だった。

 高3のとき、親戚の男の子に初めての彼女ができた。「いいなぁ、私も彼氏がほしい」と言うと、「じゃあバカになれば?」と返された。「自分より頭がいい女子と付き合いたいなんて思わないもん」と。

 今考えるとこれも偏った発言なのだが、やっぱりそうだよなぁ、と当時の私は凹んでしまった。勉強を頑張りすぎたあまり、私は自分のイメージ戦略に根本的に失敗している。東大を目指すことはもう決定で、すでに受験に臨む覚悟が決まっていたため今さら変えるつもりもなかったけれど、こんなんで本当に将来結婚できるのかと、残りの高校時代はずっと胸の奥底に不安が巣くっていた。仮に結婚できなくても母親になれる道はないものかと、日本の里親制度について連日インターネットで調べまくり、高校生にして異様に詳しくなってしまったくらいだ。結論としては、里親は夫婦で登録するのが原則で、子育て経験もない独身の人間がなるのは難しいようだった。

 それなら正攻法で結婚相手を探すしかない。東大女子のお相手になってくれる可能性が一番高いのは、なんといっても東大男子だ。なんとか大学在学中にいい相手を見つけないと──なんて気合いを入れていたわりに、夫と出会ったのは大学卒業後、会社に入ってからで、彼は別に東大出身でもなかった。

 ちなみに入社して1か月の間、私は周りの同期に先入観を持たれないようにするために自分の出身大学を頑なに隠していたのだが(ここまでくると大学コンプレックスも甚だしい)、夫と話すようになったのは大学名がすでに周りにバレた後だった。後で聞くと、女性はバカなほうがいいなんてことを夫は考えたこともなく、むしろ逆の意見の持ち主らしい。

 高校時代から続いた悩みは杞憂だったわけで、結果オーライといえる。だけど、この人と出会えていなかったら私は今ごろ相当に病んでいたかもしれないな、人生に絶望していたかもしれないな、と今でも考えることはある。

 いやいや思いつめすぎでしょ、と笑われるかもしれない。そうすることで過去の私が救われるので、大いに笑っていただきたい。ただ、以前同じ東大法学部卒の女性ミステリ作家である新川帆立さんともテレビの対談で話したことがあるのだけれど、高学歴女子が恋愛面で苦労するという現象は、どうもまだそこかしこで発生しているらしい(友人に男性を紹介してもらおうとしたら、写真を送った段階ではいい感触で日時の調整が進んでいたのに、学歴が伝わった瞬間に先方からお断りされた、とか)。女性と勉強。難しい問題だ。自分の娘が大きくなる頃には、女性の誰もが私や新川さんのような葛藤を抱くことなく、純粋な向上心とともに行きたい大学を目指せる社会であってほしいと切に願う。

(後篇につづく)


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『サクラサク、サクラチル』。

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