辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第3回

辻堂ホームズ子育て事件簿
1歳3ヶ月。驚くべき速さで
発達していく子どもを育てながら、
執筆するコツとは…?

 2021年5月×日

 やられた。とうとうやられた。

 今、私の目の前には、小説の連載原稿のゲラがある。見開きページの左下半分。文芸誌のレイアウトに合わせて綺麗に並んだ文字の上を、縦横無尽に走る幾本もの黒い線……。

 無論、犯人は娘である。

 いずれこういう事態が発生することは予見できたはずだった。

 娘の1歳の誕生日に、アンパンマンのお絵描きボードを買ってあげた時点で。付属の専用ペンの持ち方や、線を描く楽しみを覚え、彼女が毎日せっせと長方形のボードを塗りつぶし始めた時点で。

 校正作業中に娘が無理やり膝によじ登ってきたのだけれど、まあ作業は続行できるかなと、そのまま左腕で抱えていたのがいけなかった。乳児の頃のように大人しくしていてくれるわけがない。私が赤ペンで校正記号を書き込んでいる間に、そばに置いてあった黒ペンをいつの間にか手にし、突如目の前に現れた白い「お絵描きボード」を、これ幸いとばかりに「付属の専用ペン」で塗りつぶし始めたのだった。

 1歳3か月。子どもの発達の速さを見くびるとえらい目に遭う。

 ゲラには、編集者さんへの謝罪の付箋を貼った。娘が落書きしてしまいました。ごめんなさい。幸い、重要な指摘の書かれた箇所ではなかったし、作家さんの中にはペットの猫の肉球がよくゲラについている方もいると聞いたことがあるので、まあ大丈夫だとは思うけれど……。

 前回、娘が新生児の頃から赤ペンが好きすぎる話をこのエッセイのネタにしたから、罰が当たったのかもしれない。おお、こわ、こわ。

 そんなわけで(?)、今回も、子育てと執筆の両立について、もう少し書いてみたいと思う。

 編集者さんからも友人からも、「どうやってるの?」とよく訊かれる。「保育園は週に1~2日しか行ってないんだよね? 小説って集中しないと書けなくない?」とも。

 それは確かにそうだ。だからざっくり言うと、保育園がない日は、「小説を書くのに集中しつつ、息抜きがてら育児をしている」。

 集中しているのに息抜き? ──と、矛盾していると思われるかもしれない、けれど。


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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ

辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』が第42回吉川英治文学新人賞候補となる。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第142回
源流の人 第12回 ◇ ベロスルドヴァ・オリガ (弁護士)