辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第31回「仁義なき夫婦舌戦」

辻堂ホームズ子育て事件簿
口喧嘩では負け知らず、
な強者同士で結婚したら、
日常会話がおかしなことに。

 子育てとは、小さな謎の集合体だ。日々刺激があって面白い。夫婦の話題にも事欠かないけれど、その一方で、家庭を運営する上で話し合うべきこともたくさん発生する。家事のこと、育児のこと、マイホームのこと、教育方針のこと。

 このエッセイも連載30回を超え、方向性を模索する中で、同じく乳幼児の子育てをしている担当編集者からのQ&Aコーナーがあってもいいのでは、という話になった。なるほど、私にとっても読者の皆様にとっても、いい気分転換になるかもしれない。というわけで、ここで取り上げる第1弾の質問が、これだ。


Q. 夫婦仲も睦まじい辻堂さんですが、育児や教育をめぐり喧嘩をすることはありますか?「ひどいことを言ってしまって自己嫌悪」というようなこと、辻堂さんにはないのでしょうか?

 

 A. 喧嘩はしませんが、議論はします。

 喧嘩と議論はどう違うのか、とツッコミが入りそうだから、私の中での勝手な定義を説明しておく。喧嘩は、意見と感情のぶつけあい。無視や暴言なども有効な攻撃手段になる。一方の議論は、喧嘩から感情を排し、純粋に論理の組み立てだけで戦うもの。相手の意見に論理的矛盾があればそこを突き、足元をすくう。自分の主張を筋道立てて説明し、最終的に相手に呑ませたほうが勝ち。もちろんどちらか一方に勝者が決まらず、互いが少しずつ自身の論理展開の穴を認めあう、痛み分けの形になることもある。

 私は幼い頃から弁が立ち、口喧嘩ではほとんど誰にも負けたことがなかった。聞くと、夫も同じタイプだったという。親からすればさぞ面倒臭い子どもだったに違いない。やがて私はミステリ作家になり、夫はデータの分析を行う専門職に就いた。いずれもロジックは避けて通れない仕事だ。普段の思考にもその意識はにじみ出ていて、夫などは時に子ども向け絵本の論理構造まで批判するほど(これはもちろん冗談で)。

 そんな私たちは、結婚して初めて、これまで対戦してきたどの相手よりも強力なモンスターが、隣にいることに気がついた。

 普通に口喧嘩をしても──勝てない。

 どういうことなのか、というと。

 何かについて意見が対立したとき、自己の主張を押し通したいがために少しでも論理が飛躍すると、「主語が大きくなったよね」「過度に一般化したよね」「統計的におかしいよね」「それはまた別の論点だよね」「今のは売り言葉に買い言葉だね」などとすぐさま指摘が入る。根拠が甘ければ「それは主観ってことでいい?」「データは?」と相手に確認され、自分の中では筋道立てて説明したつもりでも、「論理の前提に感情があると水掛け論にしかならないよ」と一蹴される。それをお互いが遠慮なくやる。あくまで冷静に、虎視眈々と、相手が感情に訴えてボロを出す瞬間を決して見逃さないようにしながら。

 おお、こわ。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『サクラサク、サクラチル』。

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