辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第31回「仁義なき夫婦舌戦」

辻堂ホームズ子育て事件簿
口喧嘩では負け知らず、
な強者同士で結婚したら、
日常会話がおかしなことに。

 でもまあ、モンスターがモンスターと結婚できたのは幸せな話だ。夫と結婚して以来、ふとしたことで舌戦を繰り広げるうちに、自分が意見を主張するときの因果関係の組み立て方や根拠の示し方に、いかに問題があったかに気づかされた。それはたぶん夫も同じだろう。幼い頃に口喧嘩が強かったのは、単に言葉の勢いで押し切っていただけだったのだ。似たような討論者をパートナーにすることで、私たちは人間的に一回り成長することができた。あの頃なんとなくの雰囲気で打ち勝ってしまっていた親にも弟たちにも(そして夫のご両親やお姉さんにも)、ここに深く陳謝の意を表したい。

 あるとき夫が、「家で話し合いをするとき、どんな仕事よりも頭を回転させてる……」と悄然と呟いていて、思わず笑ってしまった。私も同感だったからだ。ミステリの解決編を書いているときにもロジックは多分に意識するけれど、自由に時間を使える執筆とは違い、夫との議論の最中にはそれを瞬時に矛盾なく放出しなければならない(でないと負けてしまう)のだから、思考の難易度は格段に上がる。ゲーム性が高い、と言い換えてもいいかもしれない。

 そんな頭の体操を通じて互いのロジックレベルを高め合い、私たちはそれを仕事の場に持ち帰る。きっと結婚前よりも、ミステリ作家やデータサイエンティストとして、緻密な論理を組み上げられるようになっているだろう(それくらい、ボロボロになるまで脳をすり減らして戦ってきたわけだ)。また、自分の主張から感情を排する術は、きっとこれからの子育てでも役に立つ。もちろん、いついかなるときも完璧にそれが実現できる自信はないのだけれど、思春期の子どもに一方的に感情をぶつけられこそすれ、親である自分たちが感情的に怒ってしまう状況を減らせれば、家庭にはいつしか平和が訪れるはずだ。いや……どうなんだろう、「ごちゃごちゃうっせえよババア!」とでも言われたら、こちらも頭から湯気が噴き出してしまいそうな気もするけれど。まあいいや、未来のことは。

 先日、お盆に夫の実家に帰省した際に、義母がゆで卵を切ったものを子どもたちに出してくれた。娘があまりに次々と欲しがるので、「最大3個ね」と条件をつけたものの、さすがにこれでは理解してもらえないと思い、「3個より多くはならないようにね」と言い直した。その隣で夫が「小なり(<)3」と言い添える。「いや小なりイコール(≦)3でしょ」と私が思わず返すと、元数学教師の義母に「普通の夫婦はそんな会話をしない」と笑いながらツッコミを入れられてしまった。

 それが日常会話な私たちです。これからもどうぞ温かく見守ってください。

(つづく)


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『サクラサク、サクラチル』。

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