椹野道流の英国つれづれ 第29回
◆ジーンとジャック、「我が家」に驚嘆する #9
いつものように、サンデーディナーからのティータイムを経て、リーブ家を辞したのは、午後4時頃。
そこからバスに乗り、ブライトンの中心部にあるバス停で下りて、海岸沿いの通りを我が家までてくてくと歩いて帰ります。
ブライトンは有名なリゾート地で、夏になると海水浴客でビーチはごった返すそうですが、今はまだ、浜辺を散策する人はちらほら。
それでも、早くもデッキチェアーを借りて、砂浜ならぬ砂利浜で、のんびり日光浴を楽しむ人たちがいました。
それだけでなく、早くも海に入っている人たちも。
うわあ、見ているほうがブルッと震えてしまいそうです。
まだ初夏とはいえ朝夕は肌寒くて、ジャケットが手放せないというのに。
これは、この国に来てからずっと思っていたことなのですが、日本と同じように四季があるにもかかわらず、町行く人の服装が、ビックリするほどまちまちなのです。
毛皮のコートを着たマダム(めっきり少なくなりました)と、革ジャンのお兄さんと、スーツのジェントルマンと、タンクトップにヘソ出し短パンのお姉さんが一緒にバスを待っている、そんな風景が珍しくありません。
基本的に個人主義の国なので、自分が心地よく過ごせる服装をすればよいという合理的な考えが浸透しているのかもしれませんが、それにしたって暑さ寒さの感覚って、そこまで人によって違うものかしら……?
それとも、ファッションのためなら痩せ我慢も辞さない人が多い国なのかしら?
ついに在英中、その疑問を解決する機会はありませんでしたが、今も、あの自由だけどちょっと不思議な街角の光景を思い出します。
のんびり歩いていたせいで、帰り着いたときには、もう辺りはかなり暗くなっていました。
「あれ?」
我が家の下の階、つまり1階部分を占める板金工場に、日曜日だというのに灯りが煌々と点いています。
怪訝に思いながら近づいてみると、油の滲みたツナギ姿のおじさんが、修理中の自動車の下からにゅーっと滑り出てきました。
なるほど、台車の上に仰向けに寝転がって、足で床面を捉えて、ジャッキアップした車の下に出入りするのですね。
「こんばんは」
声を掛けると、おじさんは寝たままの姿勢で、「よう、お嬢ちゃん」と片手を軽く上げてくれました。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。