椹野道流の英国つれづれ 第36回

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◆銀行口座を巡る戦い #3

「ロイズ銀行があんなに薄情だとは思わなかったよ! 今日はバークレイズ銀行に行ってみよう。僕の勝手な印象だけど、ロイズ銀行よりはちょっとお上品な感じの銀行だよ。あんな失礼な態度は取らないと思う」

親切なアレックスは、不安げな私を励ますようにそう言いながら、嫌な顔ひとつせず銀行巡りに付き合ってくれます。

「部屋を借りるときに前金を家賃3ヶ月分払ったから、口座が開けないと困る。マジでお金がなくなっちゃった」

私が正直に現状を訴えると、アレックスは優しい目元をほころばせ、私の肩を軽く叩きました。

「わかってる。勿論、いざってときは学校が力になるよ。君を路頭に迷わせたりはしない。安心して……でもまあ、全面的に生活のすべてをサポートするってわけにはいかないからさ。君だって嫌でしょ、他人に養われるなんて」

「うん」

「だから、頑張って銀行口座を開こう。ほら、あそこがバークレイズ銀行だよ」

人通りの多いブライトンの中心部、かの有名な「ボディ・ショップ」1号店の筋向かいに、目指す銀行はありました。

石造りのいかにも重厚、そして巨大な建物です。

通り沿いにある正面入り口は、扉の両側にギリシャの神殿風の柱の装飾があったりします。

ひとりだと確実に腰が引けてしまいそう。

自分の用事だというのに、銀行の重そうな扉を開け、先に入っていくのはアレックス。

私はまるでお供のようにちょこまかと、彼の背中に隠れるようにして入っていきます。

今にして思えば、当時の私はずいぶんと甘ったれた、守られることに慣れきった大人子供でしたね。

外国という新しい環境に身を置き、ひとりで力強く、地に足を着けて生きることを学びたい……などと大層なことを言っておきながら、まだ、行動を伴わせることができていなかったのです。

バークレイズ銀行でも、「ご用の向きを伺いましょう」と近づいてきたスーツ姿の行員に、アレックスは私に代わって事情を説明してくれました。

小さく頷きながら彼の話を聞いていた中年の男性行員は、アレックスがひととおり話し終えると、私をチラと見て、小さく肩を竦めました。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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