椹野道流の英国つれづれ 第34回

英国つれづれ第34回バナー


◆銀行口座を巡る戦い #1

ブライトンでの生活、その最初の2ヶ月あまり、私を大いに悩ませたのは、お金のことでした。

今でこそ、海外でお金を支払う方法は色々とありますが、私がイギリス留学した頃は、現金、クレジットカード、あるいはトラベラーズチェックくらいしかありませんでした。

もう日本では取り扱いがなくなって久しいので、ご存じない方も多いかもしれませんね。

トラベラーズチェックというのは、海外旅行者向けの小切手のことです。

どこでも安全に支払いに使えるという触れ込みだったので、当座のお金をこのトラベラーズチェックで持っていきましたが、いざ行ってみると店員が扱いに慣れていないことが多く。

「何それ?」と首を捻られ、使用を断られることが多くて、使い勝手は今ひとつでした。

ロンドンのような大都市ならば、あるいはもっとスムーズに使えたのかもしれません。

勿論、現地で現金化することもできましたが、手数料が高いので、あまり気は進まない使い方です。

クレジットカードも、一応所持していましたが、学生向けのカードだったので、当時の上限額は10万円でした。

なんだ、ひとりで暮らすなら十分じゃないかと言われてしまいそうですが、何しろ、1ポンドが250円を超えていた時代の話です。

何を買っても、日本円に換算すると目が飛び出すほど高くて、どんなに慎ましい自炊でやりくりしようとしても、驚くほどお金がかかりました。

まして、何が起こっても自分で対処しなくてはならない海外生活です。

病気、怪我、政情不安などの不慮の事態が起これば、思わぬ出費に見舞われるはず。

いざというときに供え、クレジットカードはなるべく温存しておきたいところです。

では、残りのお金は現金で持参……?

いえいえ、さすがにそれは物騒過ぎます。

幸い、大学でイギリスに長期留学経験がある方を知っていて、その方に、「銀行口座を開いて、そこに日本から送金してもらうといいよ」と教えてもらっていました。

親には頼めなかったため、もっとも信頼できる人にお金を預け、私が現地で銀行口座を開いたら、すぐに送金してもらう手はずを整えて、私は渡英したのです。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

採れたて本!【海外ミステリ#20】
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.159 精文館書店中島新町店 久田かおりさん