椹野道流の英国つれづれ 第6回
玄関を入ったばかりのところに、固定電話があったのです。
知ってる、この配置。
アニメの「サザエさん」でもそうだった! 古いおうちって、洋の東西を問わず、どこもそうなのかしら。
何故、イギリスの素敵なコテージの中で、私はあの奇抜な髪型のそそっかしいご婦人のことを思い出しているのでしょう。
ただ、磯野家と違って、このお宅の電話は、木製の素敵なベンチにセットされていました。
二人掛けサイズの座面の半分が、低いテーブルになっていて、そこにちょこんと電話が置いてあるのです。
まるで誂えたよう……などと立ち止まって感心してたら、彼女はニコッとして、身軽にベンチに腰掛け、受話器を持ち上げてみせました。
「あなたがさっき電話をかけてきたとき、私はここで喋ってたのよ。こんな風に」
「あー! あの、とても便利、そうですね」
しどろもどろで私がそう言うと、彼女は受話器を戻して頷きました。
「これは、テレフォンベンチというの」
そのまんまや!
あまりにもわかりやすいネーミングに、私はつい笑ってしまいました。
「電話、専用、ですか?」
「そうね。昔は今と違って、電話は特別で高価なアイテムだったの。だから、電話で誰かとお喋りするのも、とっても特別なことだった。だから、特別なベンチが用意されたの。それが、これ」
彼女の英語は、学校の先生と同じくらい聞き取りやすく、私はホッとしつつ、すっかり彼女の話に引き込まれてしまいました。
「電話で話すためのベンチ……」
「そうよ。冬なんかは寒いけど、おかげで長電話防止になるわ。他にも、テーブルに本を積んだり、お茶とお菓子を置いたり、お花を飾ったり。色んな使い方ができるわね。あなたの国にはないの?」
「たぶん……ないと思います。凄く、いいですね。素敵です。あ、これ、どうぞ」
彼女の「お花を飾ったり」という言葉でハッと思い出し、私は後生大事に抱えてきた花束を差し出しました。
彼女はいっそう笑みを深くして、「まあ、なんてスイートな子なんでしょ」と、両手で大事そうに花束を受け取ってくれました。
スイート、という表現も、私がいたイングランド南東部ではよく使われていました。
「甘い」だけでなく、「優しい」とか「素敵な」、「魅力的な」という意味合いで、誰かの性格や行為をたいていは好意的に表現するために使うのです。
どうやら、お花はお土産として大正解だったようです。
ホッと胸を撫で下ろしつつ、私はようやく「目的地」にたどり着けた喜びを噛みしめていました……。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。