椹野道流の英国つれづれ 第5回

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◆イギリスで、3組めの祖父母に出会う話 ♯5

どこまで行っても、窓から見えるのはたいてい住宅街。

しかし、これまで見てきた街とは、少し様子が変わってきました。

ブライトンの街中でよく見る住宅は、いわゆるフラットです。

京都の町屋のように、間口が狭く、奥に向かって細長く、裏手に小さな庭がついている……たいてい3階建てくらいの長方体の住宅が密接して並ぶ、なかなか圧迫感のある街並みです。

でも、今、バスが走っている通り沿いには、一軒家が並んでいます。

大きな家も小さな家もありますが、総じて庭は広そう。

しかも、そうしたゆとりのある家並みの向こうには、なだらかな丘の連なりが見えるではありませんか。

テレビで見て素敵だなあと思っていた、イギリスのカントリーサイドの風景が、まさに目の前に広がっていました。

「あれはもしかして、牧場ですか?」

私がそう訊ねると、老婦人たちは、顔を見合わせてクスクスと笑いました。

「当たり前じゃないの。だってほら、ちょっと遠いけど、あちこちに白黒の塊が見えるでしょう? あれは羊よ。日本には、牧場はないの?」

「ありますけど、こんなに住宅街の近くにあるのは、あまり見ないかもしれません」

私がそう答えると、彼女たちは面白そうに頷き合いました。

「そうなのねえ。この国では、牧場なんてどこにでもあるわよ。羊だらけの国なの。……あっ、ご覧なさい。この通りでいいのよね?」

「!」

ひとりが皺の多い手で指さした窓の外には、通りの名前を記したボードが立っていました。

確かに、住所のメモにあった通りです。

やったー! 目的地の近くまで来たという実感が湧き上がり、私はたちまち嬉しくなりました。

でもこれはすなわち、バスが私ひとりのために、本来の路線から外れて走ってくれているということで……。

いいのかなあ、ほんとに。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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