椹野道流の英国つれづれ 第6回

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◆イギリスで、3組めの祖父母に出会う話 ♯6

油断すると転びそうな階段を、小さくて可愛い花々を眺めながら降りると、そこには、道路で見ていたよりさらに可愛らしいコテージがありました。

1階の窓は大きいので、レースの繊細なカーテン越しに、暖炉の火が燃えているのがうっすら見えました。

ますます素敵だ……!

素朴な木製の玄関扉は、少しくすんだ、でもまったく陰鬱な感じはしない、絶妙なテイストの水色のペンキで塗られていました。

いよいよ、お宅訪問です。

しかし、ここでひとつ、問題が。

階段を降りる前にも探したのですが、インターホンやブザー的なものが、見当たらないのです。

玄関扉の脇につけてあるのだろうと思っていたのですが、どうもない模様。

その代わりにあるのは……水色の扉の高いところに取り付けられた、ドアノッカー。

真鍮製のシンプルなデザインのものですが、かなり古そうです。

まさか、まだ現役なの、あなた……?

戸惑いましたが、他に、訪問を知らせることができるアイテムは見つかりません。

日本のテレビ番組のように、勝手に庭に入り込んで家の中に声を掛ける、というのは外国ではいささか物騒に過ぎます。

ここはまず、ドアノッカーを試してみることにしましょう。

怖々手を掛け、扉にそっと打ち付けてみると、予想していたより大きな、乾いた音が響きました。

「うわっ」

ビックリして手を離したところに、扉の向こうからこちらに近づいてくる、軽やかな足音が聞こえます。

機能してたー! ごめん、ドアノッカー。君はちゃんと現役バリバリでした。

慌てる私の前で、無情にも扉は大きく開き、そこには、笑顔の老婦人が立っていました。

小柄でほっそりした白人女性で、白髪のほうが多くなった金髪は短く整えられ、赤い口紅とマスカラだけをつけた顔は、シワは多くても若々しく、朗らかに笑っていました。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

◎編集者コラム◎ 『赤ちゃんをわが子として育てる方を求む』石井光太
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