第132回
伊坂幸太郎さん
クジラアタマの王様
根底では、真面目な人に報われてほしいと思っています。
クジラアタマの王様_書影


 文字だけの小説と小説の間に、コミックパートでもうひとつのストーリーが進行していく。伊坂幸太郎さんの『クジラアタマの王様』は、独創的なつくりの作品。さまざまなエンターテインメントの見せ方を試みる伊坂さんのまた新しい挑戦。そのきっかけは?

小説&コミックで物語を進行

 主人公は製菓会社の広報担当、岸。トラブルの発端は、マシュマロに画鋲が入っていたという一本のクレーム電話だった──一人の会社員が直面する理不尽と奮闘の物語の間に、ファンタジー的な世界で巨大な生物と闘う兵士の姿が文字のないコミックとして進行する。さて、この小説と絵にはどんな繋がりがあるのか? 伊坂幸太郎さんの『クジラアタマの王様』は、なんとも不思議なつくりである。

「以前、漫画雑誌の『モーニング』で『モダンタイムス』という小説を連載することになった時に、小説の中にコミックを入れたらどうだろうと考えたことがあって。小説で殴り合いやカーチェイスを書いても、絶対に映画や漫画で観たほうが迫力がありますよね。なので、小説の中にコミックを入れれば、活き活きさせられるんじゃないかと思ったんです。それを何人かの編集者に提案したんですが、みなさんあんまりピンときていないようで(苦笑)。でも以前から依頼をいただいていたNHK出版の砂原さんに提案してみたら〝いいですね、やりましょう〟と言ってくれたんです」

 最初に考えたのは、昼間の現実的な生活部分を小説で、夜に主人公が見ている夢を絵で表現するということ。

「昼間は平凡なサラリーマンが、夜寝た後で夢で活躍するというもの。トラブルを夢で解決するという、よくあると言えばよくあるパターンですよね(笑)」

 というように、読み進めていくと絵のページは、岸が夜見ている夢の世界だと分かってくる。岸自身は、朝目覚めた時にその夢をはっきりと覚えているわけではなさそうだが、夢の中では兵士が相当過酷な闘いに挑んでいる。一般的な漫画とは違う、といって挿絵ともまた違うイラスト世界が絶妙だ。

「あくまでも僕の小説ということで、漫画家さんとコラボレーションにするつもりではなかったんです。それで、コミックパートを誰に描いてもらうかを考えている時に、川口澄子さんの絵を見たら、シンプルで可愛いけれど漫画っぽくなくて、〝すごくいいじゃない〟ということになりました」

 夢のパートをファンタジー風世界にしたのは、

「4、5年前からゲームの『モンスターハンター』にハマっていて(笑)。最初は、自分がモンスターハンターの魅力を小説で表現できるのでは? なんておこがましいことを考えたんですけれど(笑)、調べたらモンハンはもう、すごい数の二次創作があって、じゃあ駄目だと思って。ただ、現実世界とのメリハリをつけるために夢の部分はファンタジー的な世界にしようとは思っていました」

 その現実世界で最初に起きるトラブルが、クレームに対応した謝罪会見、というのがまた非常に現実的である。

「謝罪会見が書きたかったんですよね。責められるのも怖いし、ストレスだし、誰だってやりたくないじゃないですか。一方的に責め立てる側への違和感もありますし。どういう謝罪会見にするかを考えて、最初は病院の医療ミスなどが思い浮かんだけれど話が重くなる。それで、食品会社の異物混入に辿り着いて。そこまで書いてから次のトラブルをまた考えていきました」

 小説パートの岸の奮闘と、夢パートの兵士の闘いがオーバーラップしていく展開だが、

「現実でトラブルが起きた時、夢の中で闘って負けると現実のトラブルが拡大してしまうという分かりやすい設定です」

 とはいえ、先述の通り、岸は自分の夢をほとんどおぼえていない。だが彼は、ひょんなことから、自分と同じ夢を見ている二人の人物と出会う。都議会議員の池野内征爾、そして人気ダンスグループのメンバー、小沢ヒジリだ。

「モンハンってみんなでやるものだから、仲間がいるだろう、と(笑)」

 会社員、政治家、アイドルというまったく異なる組み合わせがなんとも愉快。

「最初にお菓子メーカーの謝罪会見を思いついたので、テレビで有名人が薦めたから商品がヒットするという流れを考えたんですよね。それで芸能人を登場させることを思いついたんです。実は小沢ヒジリは、がんちゃん、岩田剛典さんをイメージしました。中村文則さん原作の映画『去年の冬、きみと別れ』を観て、気になって。テレビでよく見ると、〝王子さまみたいで恰好いいなあ!〟と感動して(笑)。池野内を政治家にした理由はよく憶えてなくて……」

 ただしこの池野内、清廉潔白な人物ではない。愛人が何人もいるような人物だ。

「使命感に燃えるだけの政治家にはしたくなかった。愛人問題を抱えている政治家でも、国民の未来を考えているかもしれないし、国を救うこともあるのかなと思って。といって、奥さんが許しているなら愛人がいてもOK、となるのも違和感があるので、結構悩んだんですけど。ただ好感度は高くないけれど頑張っている人にしたかったのかも」

 ステレオタイプな人物像を登場させたり、奇麗事な考え方に着地させないのが伊坂作品の特徴であり、魅力でもある。ただ、

「たぶん根底では、真面目な人に報われてほしいとは思っています。だからワリをくっている人が報われるように、とは考えてしまう」

 真面目な人と聞いてある登場人物を思い浮かべるが、後半、その報われ方にニヤリ。相変わらずの伏線の張り方の巧さに唸るが、

「いつものことなんですが、最初からこれを後半で使おうと意識して伏線を張っているわけじゃないんです。エンターテインメントを書くにあたって自覚的に伏線の種をまくこともありますが、後から〝ああ、ここで書いたこれが使える〟と思いついて、全体を整えていくことが多いんですよね」

超現実的な出来事は起きないエンタメ

「この小説にはあまり悪い人が出てこないけれど……」と伊坂さん。いやいや、岸君の上司で、仕事をしないうえに人の手柄を自分のものとし、自分の失敗は人のせいとする部長は相当嫌な奴ではないですか!

「今日何件かインタビューを受けましたが、会う人会う人みんなあの部長が超リアルって言うんです(笑)。あんなに仕事をサボるなんて漫画みたいって言われるかと思ったんですけれど。でも、僕もサラリーマン経験があるので分かりますが、ああいう迷惑な人って本当にいますよね。ただ、今回書き上げて気づいたのは、悪い人が出てくるといってもあの部長さんレベルで、いい意味で、すごく普通のエンタメを書いたなって。殺し屋とかテレポテーションで入れ替わる双子とか出てきませんから(伊坂さんには殺し屋が出てくる『グラスホッパー』『マリアビートル』、双子が瞬間移動で入れ替わる『フーガはユーガ』という作品がある)」

 確かに、謝罪会見の他にも岸はさまざまなトラブルに遭遇するが、どれも極悪人による犯罪や陰謀といった類いのものではない。

「そこが新機軸で(笑)。どういうトラブルにするか考えなきゃいけないのが大変でした。たとえば、通り魔的なものはもう書いたことがあるし、これまでとは違うものにしたくて。悪人とか犯人とかがいない話にしようと考えたんです」

 ただ、SNSで炎上して、人々の偏見や先入観が拡散して誰かを追い詰めていく状況も生じてしまう。犯人を突き止めれば解決、というわけにはいかず、なかなかやっかいだ。

「先入観であいつは悪い奴だと決めつけられてしまうと、ますます追い込まれていきますよね。謝罪会見なんて、理不尽なことを言われても言い返せない。そういう状況がひっくり返るといいなと思いながら書きました」

 そもそも岸たち三人はなぜ結びついたのか、少しずつ共通点が見えてくる。金沢にある法船寺が鍵となるが、

「なにか夢にまつわるいわれのある場所がいいなと思っていて。それで調べていたら、法船寺を見つけたんです。ただ、僕自身は法船寺に行ったこともないので、地元の人にとって法船寺やそこの伝承がどれくらいメジャーなのか全然分からない。金沢の人に呆れられたり、怒られたりしないか心配で」

 伊坂さんといえば小説の舞台は仙台というイメージが強い。今回は舞台のほとんどが東京だが、東北も出てくる。

「謝罪会見を行うような企業があること、アイドルと会う機会のある場所……などと考えて、今回は東京に住んでいる人たちの話にしたんです。ただ、仙台近辺のほうがやっぱり書きやすいし、どこかは出そうかなと思っていて。牡鹿半島が好きなので出しました」

コラボレーションについての考え

 各章、コミックパートに関しては、

「砂原さんとこのパートでこんなシーンを入れましょうと相談して、脚本みたいなものを書いたんです。僕より砂原さんのほうが細かく考えてくれました(笑)。それを川口さんに渡して、出来上がった絵を見たらすごく良くて。ファンタジー世界といっても、モンハンとかドラクエに似てしまってもよくないし、和風ファンタジーにするのもちょっとヘン。その中間のファンタジーになればいいなと思っていたら、まさにそういう、バランスの絵を描いてくれました。自分でもそれをモチベーションにして書き進めていったところがあります」

 ただし、本作はあくまでもコラボではなく、伊坂作品にコミックパートのイラストがある、というつくり。最近では「螺旋プロジェクト」で八組九人の作家と共通テーマで小説を書くなど、他のクリエイターとの共同作業をしている印象も強いが、

「僕からすると、真の意味でコラボレートしたと思っているのは阿部和重さんと共作した『キャプテンサンダーボルト』だけ。あれはがっつり、お互いの文章をお互いに直したりもしましたから。他の仕事に関しては、コラボレーションとは言えるんですけど、僕がやっていることはいつも通り小説を書くことなんですよね。人と何かやっているという感覚はあまりなくて。今回も僕が書いた小説について、分業で川口さんの力を借りたという感じ。ただ、他の絵だったらまったく違うものになっていたと思う。川口さんに会えてよかったです」

 今後については雑誌に掲載した、小学生が出てくる短篇を本にする予定。

「書下ろしも含めて四本たまっていて、あと一本書くと一冊の分量になる。これは僕にしては珍しく、たくさんの人に読んでもらいたいなと思っています」

 珍しく読んでもらいたい、ということは、他の本に関してはどう思っているのだろう?

「好きな人が読んでくれればいい、とずっと思っているんですよね。コーヒーなどの嗜好品と一緒で、僕と感覚の近い人が楽しんでくれたらそれでいいかなあ、って。だから、合わない人が読むと、ぜんぜんつまらないから申し訳ない気がするというか。ただ、その少年の短篇集は、僕なりに四十八年間生きていて大事だなって思ったことを盛り込んでいるので、いろんな人に読んでもらえたら、という気持ちなんですよ。早く、完成させたいです」


クジラアタマの王様_書影

NHK出版 本体1500円+税


 

伊坂幸太郎(いさか・こうたろう)

1971年生まれ。千葉県出身。東北大学法学部卒。2000年、『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。04年に『アヒルと鴨のコインロッカー』で吉川英治文学新人賞を、短篇「死神の精度」で日本推理作家協会賞(短編部門)を、08年には『ゴールデンスランバー』で山本周五郎賞を受賞した。他の著書に『サブマリン』『ホワイトラビット』『フーガはユーガ』『シーソーモンスター』など多数。

〈「きらら」2019年9月号掲載〉