相場英雄が激白!話題の『ガラパゴス』著者

自身の経験を元に、著作『ガラパゴス』について相場英雄さんにお話いただきました。現代社会のネット事情、広がる格差社会、『ガラパゴス』制作の背景に秘められた裏話も必見です。

ピケティ『21世紀の資本』の現場はここまで病んでいる!
相場英雄「表に出せない話、大人の事情で規制した話を、
フィクションの形で、これでもかと盛り込んでみました」

相場英雄の小説には、目線の低さと人間的優しさが匂う。だがインタビューで相対してみると、これといった影はない。なにやら重たい屈託を引きずっている印象もない。むしろ明るすぎるくらい、だ。

しかし、である。作家が体内から絞り出した結晶にはイヤでも<本質>がにじむものなのだ。

――相場は、1967年に新潟県の燕三条に生まれ育った。
父親は小さな町工場を経営し、10数名の従業員とは寝食を共にするような暮らしだったという。相場少年は社員旅行にも参加し、旅の空では幸せで特別な時間を過ごした。だが、相場が20歳になる頃、工場は経営不振に陥る。高度成長期にあったとはいえ、経営者の父は時に金策に奔走し、相場少年はその背中に人知れぬ苦労を見ていた。

最新刊『ガラパゴス』では、非正規社員、いわゆる派遣労働者の<深く静かな絶望>をミステリー仕立てで描いている。読み進めるにつれて、声にならない彼らの叫びはじわじわと読む者の体内に反響し始める。怒り、というよりは、絶えることのない深く静かな絶望――。そして、彼らの痛みをすくい取り、精緻に描くことができたのは、やはりそこに<相場少年の目>があったからこそ、と思えるのだ。

―― まずは、この小説を書こうと思った動機は何でしょう。別のインタビューでは「家電メーカーの企業同士の内部紛争を描くつもりだった」と話しておられますが。

相場 僕は、専業作家になる前は経済記者をやっていましたので、表に出せる話、出せない話、大人の事情で相当、自主規制して記事を書いてたんです。それらお蔵入りした話をフィクションの世界だったら、もう何でも書けると思ったんですね。そうすると、この話も書いていなかった、この話も表沙汰になっていなかったな・・・と(笑)。
ところが、いざ書き始めると、「企業側ではなくて実際に働いている現場はどうなんだろう?」ってそちらが気になり始めた。本当に小さなきっかけだったんですが、調べ始めたら、そっちをメインに描かなきゃダメだと一気に方向性が変わりました。企業エゴとか、その産業政策がここまでおかしくなっているというのは添え物にすぎないというふうに、思考がシフトし始めたんですね。

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―― それで企業取材から派遣労働の現場取材へと移行したわけですね?

相場 そうです。今、日本の全就業人口の4割が、いわゆる非正規労働者です。例えば行きつけのバーの飲み友達に、この間まで正社員だったのに、物すごいスピードで条件が悪いほうに転んでいった人がいました。また別ルートでは家庭の事情で正規の仕事を一旦やめて、再び正社員の仕事を探そうと思ったけれども見つからない。とにかくお金を稼がなきゃいけないということで、とりあえず派遣登録したのだけど、そこから負のスパイラルが始まったとか、リアル過ぎる話が次々に出てきました。僕は、労働者の残り6割の比率も近い将来変わると思っています。正社員が4、非正規が6。もっと進むと正社員3とかになってしまうかもしれない。
例えば、新聞の見出しで、今、家電メーカーがいろいろ苦境にありますので、<今期リストラ、社員3万人減>と当たり前のように出てきますよね。その3万って数字、かつては僕も平気で書いている側だったんです。<リストラが手ぬるい>とか平気で書いていましたけども、実はリストラ社員一人一人には生活があります。整理された人たちの受け皿はどうなるんだ、と考えたときに小説でも書きましたけれど、受け皿になっている派遣業の中身はどうなの? と。

―― もう少し具体的に言うとどういう過酷さでしょうか。

相場 ひとりはシステム関係のエンジニアだったんです。自分の体調の問題があって休職しました。その後、この際だから治療に専念しましょうと一旦退職したんです。さて、体調がよくなって復職しますといっても、これがそう簡単にはできないんです。こういうスキルがあるからこういう仕事をやりたいと探しても正社員として働く場がない。

銀行の残高が減っていき、これはまずいと、とりあえずは日銭稼ぎといったら言葉は悪いですけれども生活のために、すぐに就ける仕事、例えば警備員の仕事をやったりしたわけです。そこの労働条件が余りにも過酷過ぎて、そこでまた体調を悪くして、次はさらに悪い条件に堕ちていく。
こんな身近に、こんなにあるの、というのが聞いていて怖かったです。僕が専業作家になって「まだ仕事ねえな、本売れねえな」と言っていたときの何十倍もきついと感じました。

―― 朝、起きて希望もなく職場に通って、そこでの人間関係は完全に絶たれている。企業側は、非正規労働者が組織的に動いて職場を改善していこうみたいな動きを意識的に絶っていますね。相場さんの売れねえな、でも俺には夢がある、そんな生活とは根本が違いますね。

相場 僕は自分でリスクをとった部分がありますし、何とか一人前に食えるまで10年かかりましたけれど、『ガラパゴス』に登場するような非正規労働者の皆さんというのは、自分の責任じゃないのに追いやられていく。だから、この本を書いて、いろいろな反響が僕個人のブログに来ています。

―― 例えばどんなものが?

相場 この間ネットで保育園の問題ですごく盛り上がったことがありましたけども、その直後に「保育園だ、抱っこひもがどうだって、何、贅沢言っているんだ。俺なんか、子どもどころか結婚さえできない派遣労働者だよ。何、贅沢言っているの、おまえら」って、それも一時ネットですごく拡散しました。書いたブログが物すごい勢いでTwitterとかに回るわけです。おもしろがってツィートしている人じゃなくて、共感の意味のリツィートが次々に出てくる。
永田町とか霞ヶ関周辺で世間の仕組みとかを決めている方々の意識と、我々のギャップが相当大きくなっているというのは、この一連の騒動を見て肌身で感じました。

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―― 実態を知らずに「自己責任だ」と片付けてきた人たちや6割の正社員の反響はありますか。

相場 あります。こんなひどいことになっているのって、純粋にびっくりされた方が結構な数います。あと、いろいろな会社の人に取材したり、打ち合わせを重ねて打ち解けてくると、「実は私、非正規なんです」と打ち明けられたりすることが増えています。現在は単行本を出したばかりですが、文庫化する時は、新しいネタも入れ込もうと、今から案を練っているくらいです。その頃には非正規の割合がもっと増えているはずですし。

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