相場英雄が激白!話題の『ガラパゴス』著者
「なんくるないさ」に秘められた悲しみ
―― 主人公を沖縄出身者にしたのは、どういう意図があったんでしょう。
相場 要因として二つあります。
一つは、沖縄は全国レベルで見ても最低賃金の水準が明らかに低いんです。さらにその沖縄でも宮古島が一番低水準だと宮古島の人たちから聞きました。僕はプライベートで何回も宮古島へ行っていますので。まず、経済的観点から、その厳しい現実を出したいというのが一つ。
もう一つは、沖縄の人が、厳しい生活ながらも「なんくるないさ」という言葉ひとつで耐えている。なんとかなるよ、ってみんなすごく人がいいんです。『ガラパゴス』は殺伐とした話になるというのは分かっていましたので、そこで例えば関西人とか東北人でやると、ストーリーが余りにもぎすぎすしちゃうので、「なんくるないさ」と言ってくれる柔らかい沖縄の人のキャラクターが絶対必要だなと思って、二つの要素を込めてつくりました。
―― その要素がプロローグとエピローグも含めて、絶妙でしたね。気になったのが、「こんな動機で人を殺すなんてあり得ない」と言う人もいたようですが、そういう意見もあったんですか。
相場 ネットで自作の評判をリサーチしたときに、こんな動機ないだろうという意見を読者の方が言ってるのを目にしたんです。でも、実際問題として、僕はこれは起こり得るだろうなと思っています。
―― こういう事件が起きるかもしれないというのは、読み進めながら派遣労働者の生活に同化していけるかどうかにかかっていると思います。従来型の殺人動機に縛られている読者には難しいかもしれません。そこが<現代>を描けている気がしましたが、クライマックスである最後の取り調べシーンはすらっと書けましたか。
相場 ここは担当編集者とも最もディスカッションを重ねたところで、結構苦労しながら書きました。単純に犯罪を悔いる人間というのはキャラクターとして書きやすいのですらすら書けます。しかし、そうでない動機の部分は相当苦労しました。
―― 詳しく紹介してしまうと未読の方に悪いので控えますが、最後に犯人が取り調べ刑事に対して詰め寄る場面は斬新でした。
相場 ありがとうございます。しかし、それぐらい社会が病んでいるということでしょう。みなさんが思っている以上に、ここ2、3年で加速度的に格差が広がっていると思います。
―― しかし、相場さんのこの本が出たことによって、ピケティが2年前に話題を集めたように大きな転換期に来ているんだと思います。相場さんは「これを読んだ人に後味の悪さを感じて欲しい」と発言しています。このままで本当にいいのか!?昨今、しきりに貧困問題も喧伝されています、これはもう根っこが丸っきり同じ。そこで、今後の報道機関とネットの役割についてどうお考えでしょう?
相場 僕はメディアにいた人間で、そこを離れて10年たちますが、最近は自主規制が際立って強くなっていると感じます。いま出ているメディアの記事は、僕が現役だった頃よりももっと丸い記事になっている。つまり、真実がえぐられていない。でも、幸いなことに、ネット社会では、それこそフリーライターの方とか、いろいろな方がいろいろなチャンネルで本当のことを発信しています。だから、『ガラパゴス』の中で、何か気になるワードがあったらぜひ検索してほしいです。そこで自分なりにキュレーションしていくしかない。現代は自分で防衛をしていかないと、本当に誰も守ってくれないですから。
―― 相場さんはこういう小説を発表したことによって、相場さんという一つのアイコンに集まってくる人間たちが出来たと思います。今後、文庫でも新しい<不都合な事実>を盛り込んでいくとなったときに、そういう人たちをつないでいく一つの紐帯になっていくということは?
相場 それはありえます。記者時代もそうだったんですが、ちょっととがった記事を書いたりすると、ネタ元が不思議なくらいに集まってくるんです。なので、今回もそういうネットワークを築ければいいなと思います。
あと、参考文献でも書いたんですが、堤未果さんという気鋭のノンフィクション作家の方とも繋がりができました。まだお会いしていませんが、メッセージのやりとりはしているので、こういうネットワークは活用していきたい。声高にデモをするようなやり方じゃなくても方法はいっぱいあると思いますし。
例えば『ガラパゴス』の中で、自動車メーカーが出しているカタログの数値と実際の実燃費ランキングという話が出てきます。この本を読んでくれた書店員の方が、実燃費ってネットで検索したら、本当にあるんですねと言われました。そういう報道の裏側にある気づきを、読者の皆さんに持っていただけたら、それはすごいうれしいなと思う。メーカーなり、政府なりの発表を受けてメディアが報じる内容には必ず裏があるので、それは自分なりにネットで調べてほしいですね。真相までたどり着けるかどうかは分かりませんけれど、真相にかなり近いような情報って、ネットには相当転がっていますので。
―― この本では、派遣労働者の実態以外にも企業が過剰な効率化を図るあまり、消費者に危険なしわ寄せがいっている現実をかなりえぐり出していますね。情報の発信者として、前作の『震える牛』では、新聞社をやめて「ネットでちゃんと本当のことを言いたい」という記者が出てきたりもします。もはや、既成メディアよりはネットの方が信憑性の高い情報が出てくるとお考えですか。
相場 そうですね。ただネットには情報量が多過ぎます。だから、絶対キュレーターって必要だと思うんです。でも、そのキュレーターに行き着くまで、キュレーションという言葉がまずわからない人は、ちょっとまずいよという・・・。
一方で、僕もかつて在籍しましたので新聞には少しだけ期待もあります。問題なのは、記者上がりの人が経営者、経営陣になっていくじゃないですか。それじゃ、絶対だめだなと思います。記者は記者、経営する人は経営のプロがやらないと、日本のメディアは絶対良くならないので。