真梨幸子さん『祝言島』
だからアイディアは尽きない。
一生、嫌な女を書いていけると思います。
エンターテイメント小説の新しい潮流となった“イヤミス”の旗手として、絶大な支持を集めている真梨幸子さん。
7月末に発売される最新作『祝言島』は、読者がトラウマになりそうなほどの不吉な真実が次々に明かされる、極上のイヤミス小説です。
2度読み必至の衝撃作が、どのように書かれたのか。
三省堂書店の内田剛さんとMARUZEN&ジュンク堂書店の村尾啓子さんが、真梨さんにお話を聞きました。
取材で書くよりもゼロから創作した方が大胆になれる
内田……まず『祝言島』のタイトルが秀逸です。このタイトルを思いつかれたきっかけは?
真梨……今回の物語は『きらら』からオファーがあった段階で、すぐ決まりました。禍々しいタイトルよりも、何かおめでたい印象の文字にしようと。その方が、怖さが増幅されるのではないかなと考えました。
村尾……童謡の『かごめかごめ』の怖さに似ていますね。「鶴と亀がすべった」の歌詞に隠されているといわれる、忌まわしい伝承の感触と近い気がします。
真梨……祝言は「しゅうげん」と別に「ほかい」という呼び方があります。「ほかい」で調べていくと、結構ダークな史実にたどりつきます。詳しくはダークすぎて、さすがに小説には書けませんでした。
内田……真梨さんでも書けないほどの? そんなにダークなんですか。
真梨……端的に言うと「祝言」のルーツは、お祓いにあるのだとか。穢れを清めるために、流しの人たちの挙げた言葉が、発祥となっています。現代では「祝言」は結婚式で主に使われるイメージですけど、元はお祓いの用語でした。そしてお祓いを担当していたのは、一般的に差別を受けていた人たちです。
内田……ああ、なるほど。
村尾……それは明かしづらいですね。
真梨……差別問題については、日本の歴史のタブーに触れるので、今回は明らかにするのを避けました。そういうダークな裏の事実があるのは、調べるまで知りませんでした。「祝言」という言葉は今回の物語のテイストに、ぴったり合います。タイトルに入れて、良かったです。
内田……祝言島の島内の具体的な描写が、一切出てこないのも、効果的でした。
真梨……初めは、どこかそれっぽい離島へ取材に行こうかとも考えました。でも、生半可に島を描写するぐらいでは、逆に小説のリアリティーがなくなるような気がしました。それよりも、ネットで有名な鮫島事件(何らかの理由で真実が隠され、語ってはならないとされる事件)のように、フィクションを作りこんでいく方向を目指しました。“ウェブペディア”などで島の情報を、詳しく設定していますが、島の実態は本編では謎のまま。その方がかえって陰惨な出来事に真実味が出たのではと思います。
内田……おっしゃる通り、真実味がありました。実態がよくわからないだけに想像力が刺激されて、祝言島の怖いイメージが膨らみました。
村尾……私、実は祝言島をネットで調べちゃいました。
真梨……本当ですか? その名前の島は、あるんですよね。長崎県の無人島のひとつに。
村尾……はい、そうでした。釣りの名所で、一部の人には知られているらしいんですが、それ以上は怖くて調べられませんでした。真梨さんの書いた小説のような場所だったら、調べてるだけで私は捕まっちゃうんじゃないかな……と。
真梨……そういう事実はないので、安心してください。『祝言島』は、すべて私の創作した話です。無かった話を、あるかのようにゼロから作っていくのは得意にしています。逆に実際の事件や場所などを取材して書くのは、苦手です。ぜんぶ創作の話の方が、私は大胆に書けます。
昭和のお化け屋敷のような恐怖を楽しんでほしい
真梨……私が『祝言島』を書こうと思った大きなきっかけは、NHK‐BSで放送された、あるドキュメンタリー番組でした。過去に日本でも実際に行われていた、非人道的な行為がテーマでした。そこで見たビジュアルに、大変なインパクトを受けました。これは小説にしよう! と。番組で取り上げられていた陰惨な行為が、今回の謎解きの重要な役割を担っています。
内田……ここではあまり詳しく語れませんね。
村尾……『祝言島』はすごく面白いのですが、何を言ってもネタバレになってしまいます。どう話せばいいのか、いい意味で困りますね。
内田……読んだ後は、周りの人に話したくなるし、細かく張られた伏線を確認するのに、何度も読み返したい。驚くのと、心底ゾッとさせられる、夏向きの小説でもあります。
真梨……ありがとうございます。夏休みって、ホラーマンガなど、無性に読みたくなるじゃないですか。私が小学生のとき、そうだったんですけど、高尚なホラーではなく、B級テイストのホラーが恋しくなりました。
内田……ああ、わかります。怪奇現象を特集した、心霊番組とかですね。
真梨……そうです! 昔は夏休みのお盆の季節に、怪しいオカルト番組を、よく放送していました。絶妙に洗練されていない、独特のホラーのつくりが、私たちの世代には魅力的でした。あのぞくぞくする感じを、今回の小説で再現してみようと思いました。怖いとわかっているのに、わざわざお化け屋敷に入っていくような気持ちで、読んでいただけたら嬉しいです。
大好きな本格ミステリの 古典の世界観を意識
村尾……怖いもの見たさの誘惑って、たしかにありますよね。
真梨……ありますね。子どもの頃に見た、映画『悪霊島』とか、楳図かずお先生の『へび女』など、鮮烈に記憶しています。ああいう昭和テイストのドロドロした怖い話って、今の若い読者には、かえって新鮮に映るんじゃないでしょうか。
内田……時代が一巡したというか、いろんなものが回帰しているので、『祝言島』の怖さは若い世代にも受け入れられるでしょう。今回は東京オリンピックの前夜、1964年が物語の発端になっています。そして現在は、2度目の東京オリンピックの開催の前。真梨さんがこの小説を発表されたのは、何やら示唆的に感じます。優れた作家は時代とシンクロする力を持ってらっしゃるのだなと、あらためて感心しました。
真梨……書いている側は、それほど大したことは考えていませんが、素直にびっくりして、読み進めてくれたらいいかなと思っています。自分なりに本格ミステリに挑んだ作品であり、昔から大好きな横溝正史や、アガサ・クリスティーの世界観を意識しています。
あと私は、映像学校の出身です。物語の展開にドキュメンタリーの構造を使いながら、「映画とは」「フィルムとは何か」の答えに、迫ってみた部分もあります。今年で作家デビューして、12年目になります。私のいまの集大成の作品が、ついに完成したという気持ちです。
他人の嫌いな面は 自分に似ているから憎くなる
きらら……九重皐月と九重サラなど、母と娘の絆の歪さに戦慄します。真梨さんがこれまで書かれてきたテーマの到達点だと思いました。
真梨……ありがたいご感想です。『祝言島』は祖母・母・娘の女三代にわたる物語で、親から受けた仕打ちは、娘に受け継がれがちだという因果を、掘り下げました。そして今回は、ある人物の特異な母娘関係を組みこみました。“彼女”に生まれる母性とは、どんなものなのか? きっと本能ではなく、人間の業から来る、ひとつのファンタジーではないかと想像力を駆使して、書いていきました。
いろんな要素を盛りこみましたが、基本にあるのは、嫌な女です。国崎珠里や七鬼紅玉など、何人も嫌な女が登場します。彼女たちには、作者である私自身の同族嫌悪が表れています。
嫌いなものって、なぜか惹かれます。例えばネットで、いけ好かない中身のブログを読んだとき、なぜ嫌悪感を抱くのか。ブログの主と自分が、似ているからなんです。似ているから、嫌でも目を離せなくて、読み続けてしまいます。
内田……真逆の人間だったら、別に気になりませんからね。
真梨……変なこと書いてるなと、笑って読み過ごすでしょう。結局、一番の敵というのは、自分自身なのじゃないかと考えています。敵の許せない面は、自分の内面にあるものと同じ。切り離せないので、よけい憎んでしまうんです。他人を憎み続けていくと、最後は己に行き着きます。そういった人の本質の部分を、私は小説に込めています。 私が描く女性はみんな、私自身なんです。だからアイディアは尽きない。一生、嫌な女を書いていけると思います。
村尾……これからの真梨さんの小説も、楽しみです。“イヤミス”のナンバーワン作家として、期待しています。
真梨……いやいや。ナンバーワンは湊かなえさんとかだと思うので、私は“イヤミス”のおまけというか、トリッキー担当です。
内田……真梨さんは、いい話には持っていかず、人が縛られている呪いはそう簡単には解けない、リアルな実像を書いてくださっていて、頼もしいと思います。
真梨……ありがとうございます。Amazonレビューで辛辣な感想を読んだりすると、実は心が折れそうになるときもあります。ハッピーエンドのいいお話を書いた方が、喜ばれるのかもしれないとか。けれどいい話を書こうとしても、書けないんです。本当はそうじゃないよねと、疑ってしまう。読むのが苦しいほど、嫌な人間を描きこんでいけば、嫌さが突き抜けて、反対に胸がすくんじゃないかと信じて、書き続けています。その意味で『祝言島』は、突き抜けた先の到達作になりました。
執筆中は、非常に苦しみました。ずっと異様な緊張感とテンションで書いていて、身体の方が悲鳴をあげました。
内田……ご執筆中にドクターストップがかかったと聞きました。
真梨……ええ、血圧は200を超えました。
内田……それは大変ですね!
真梨……お医者さんに、「少し静養してください」と、仕事を止められてしまいました。
村尾……すごい。身を削るかのように書かれていたのですね。
真梨……本当に命がけでした。身体の具合と相談しつつ、ラストを何とか書き上げたときの解放感は、言葉では表せません。いまだに改稿しながら「できない、できない」と呻いている夢を見ます。初めての体験づくしの小説です。『祝言島』のような小説は、もう二度と書けません。書店員さんのご協力で、多くの読者の方に、ぜひ手にとっていただきたいです。