「真梨幸子」というイヤミスの女王はこうして生まれた――いびつな母娘関係から殺人鬼フジコ、新作『祝言島』まで、すべての謎を初めて語り尽くす!

ベストセラー小説にしてミステリーファンを震撼させた『殺人鬼フジコの衝動』で知られる「イヤミス(読後感が悪く、イヤな気持ちになるミステリー小説をさす)の女王」こと真梨幸子さん。今回は7/26発売の新作『祝言島』を引っ提げてP+D MAGAZINEに初登場! 同時に既刊の『鸚鵡楼の惨劇』も電子書籍発売になることもあり、数々のイヤミスを生み出してきた真梨さんの創作のマグマとなっている幼少期の体験やトラウマに迫ってみました。

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フジコのモデルは近所のおばさん!?

――イヤミスの女王と呼ばれていますが、その「称号」については?

真梨 正直、すごく嬉しいです。でも、女王って私でいいのかな? 他に売れっ子の方もいますので……(笑)。

――真梨さんの作品にはしばしば強烈なキャラの母親が登場します。実は私も同じ女性として、この母と子、特に母と娘の関係性がとても気になります。

真梨 『祝言島』に登場する九重母娘は、実は私の理想とする母娘関係をファンタジーとして描きました。これからの家庭には、なんというのか、家庭の中で母親の役割を演じる、そういう要素が、ある程度必要なんじゃないかということです。
私自身が母との関係から人生の80パーセントぐらいと言えるほど強く影響を受けているので、どうしても母親との関係性が作品に出てしまうんですね。たとえばA子という人物の背後には、必ず母親のB子がいるはず。だからA子を描くには母親のB子も何かしら書かなくてはいけない、という思いがあります。

――真梨さん自身の母娘関係はどのようなものでしたか?

真梨 うちはちょっと家族構成が複雑で、母子家庭なんです。シングルマザーで一人っ子だったんですけど、なぜか私が小学4年生のときに母が突然子供を産んだんですよね。それが弟。

――真梨さんが10歳ぐらいでしょうか。女子には微妙な時期ですね。

真梨 そうなんです。思春期まではいかないけれど、微妙な時期で。それがきっかけで反抗期が始まって、メンタルがそれまでの私とかなり入れ替わった感じがしますね。写真を見ても、それまで真ん丸に太った、天真爛漫でおバカ丸出しの子供だったのが、ほっそりとなってすごく痩せちゃって、笑顔もなくなりました。引っ越ししたことや、母のつわりがひどかったこともあるんですけど、母との関係もうまくいかなくなって……。あの頃の経験が、その後のすべての作品のもとになっていると言っても過言ではないですね。
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――幼少期に弟妹ができるのと違って、10歳くらいだと強烈な印象が残るでしょうね。ネグレクト感みたいなものもあったのでしょうか?

真梨 ありましたね。さらに悪かったのは、何かというと私をディスったりいじめたりするおばさんが近所にいたことでした。いつも母が私を守ってくれていたんですが、弟が生まれたことでかばってもらえなくなっちゃった。「またいじめられた」と言ってもかまってくれないわけです。おかげでメンタル的にも肉体的にもぼろぼろでしたね。十二指腸潰瘍になったり、髪が半分白髪になったり。それまでは髪が多い方だったのに、白髪になって抜け始めて、ごく最近まで薄毛に悩んでいたくらいです。

――今は、お母さんや弟さんとは……?

真梨 母とは今、そんなに悪い関係ではないんですよ。会うとすぐに喧嘩になっちゃうけど、離れていてメールでやりとりすると理想的な親子関係ですね。でも、そういったちょっといびつな関係性が作品に反映されているかなという気はします。私をディスってばかりいた近所のおばさんも、フジコのモデルになったり、『祝言島』の七鬼百合になったり、後年、小説内で大活躍なんですよ。今になって振り返ると、そんな環境もいい経験というか、いい宝だったと思えるようになりました(笑)。

――弟さんとは?

真梨 もう20年くらい会っていません。「血を分けた兄弟」なんていう世間によくあるイメージもないし、互いの父親のこともよくは分からないんです。ただ、弟だけは認知されていたことは分かっているんですけど。そのせいか、今でも父親を描くのは得意ではなくて、想像力を駆使して描くのが大変です。

女性は出産を経て新たなステージに向かう

真梨 あと、これは私の持論なんですが、女性って子供を産んだ時点で小さな頃の記憶はいったんすべてデリートされちゃうんじゃないかしらって思います。出産という女性ならではの大きなイベントを経て、一度まっさらになってしまう気がするんですね。
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――子供時代の感じ方を忘れてしまうということでしょうか?

真梨 そういうことです。それで自分がかつて同じような道を歩んできたことを忘れてしまって、子供を理解できなかったりする。逆に、男性に好みや考え方が小さな頃のイメージのままの人が多いのは、出産がないからじゃないのかと考えると納得がいくというか。私小説の作家さんって男性が多いでしょう?

――確かに! 真梨さん自身は出産の経験は?

真梨 ないです。だからかなと思うんですけど、小さな頃の記憶が鮮明に残っているんです。すぐに子供の気持ちに立ち返ることができる。子供が親と喧嘩したり、子供がらみの事件が起きたりすると、どうしても子供目線で見てしまう。書く方でも、子供目線ならすんなり書けるんですよ。

――それは作家としてはすごい宝ですね。

真梨 本当にそうです。その代わり、母親目線となると、想像力をフル回転しないと書けない。男性でも女性でも、出産という肉体が激変するような体験をしないと人生の第2のステージに上がれないのかもしれないですね。

――現在は完全な一人暮らしですか?

真梨 いいえ。猫と一緒に暮らしてます。でも、猫と暮らして分かってきたこともたくさんあります。私はずっと、他者のために何かをしてあげるという生活をしてきませんでした。母子家庭で育ったので普通の結婚生活というものが想像できないし、結婚ってどうやって成立させるのかも分からない。結局、未だにしてないし、これからもする予定はありません。これまではどんなに貧乏でも「自分が食べていければいいや」でずっと乗り越えてきましたけど、それが猫がいるだけでガラッと変わったんです。そして「猫でこうだから、子供がいたらすごい変わるんだろうな」と考えるようになりました。ブリティッシュショートヘアの女の子です。公式ブログにもよく載せてますので、ぜひ見に来てください。かわいいですよ(笑)。

――それは作品にも影響がありますか?

真梨 最近、猫を題材にしたアンソロジー(『ニャンニャンにゃんそろじー』講談社刊)に参加したんですが、うちの猫をモデルにしたせいか、そんなにひどいことを書けなかったということがありました。我ながら意外でしたね。イヤミスの女王なのに私にも人の心があったんだな、みたいな(笑)。

小説の「読む不幸体験」を役立てて

真梨 先ほどもお話ししたように、私は10歳までは一人っ子でしたので、母はもちろんのこと、親戚中から蝶よ花よと大切にされて育ちました。結構成績もよかったので(笑)、「将来楽しみだね」なんて言われて、お小遣いもいっぱいもらって。

――弟さんが生まれたら……?

真梨 見事にみんな弟に夢中。すっかり忘れ去られた少女に(笑)。うちはもともと九州の宮崎なので、もろ男尊女卑という感じで、ものすごく男を立てるんです。それもあって旧家でもなんでもないのに「我が家の跡取り」と大騒ぎで、私はまるで殿様の寵愛を失った側室みたいな状態でした。
でもね、後からよくよく考えると、つらかったのはたった三、四年くらいのことなんですね。そのトンネルを抜けると人生ってガラッと変わる。世間だって、それまで見向きもしなかったものが急に売れるようになったり、捨てさられていたものが突然重宝がられたりと変化するのが時代のおもしろいところ。だから、今、いじめられて苦しんでるとか、本当につらいと悩んでいる人も、もう少しだけ我慢してほしいなという、そんな願いも小説には込めています。

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――イヤミスなのに意外な展開(笑)。

真梨 こう見えて、実はね(笑)。小説で不幸のどん底を徹底的に経験してもらって、「ああ、私はここまでひどくない」と我慢していける、そんなツールの一つになればと。

――『祝言島』で言うなら、「メイちゃんほどひどくないわ」みたいな?

真梨 そうです。だから、あと一年がんばって生きてみようかな、とかね。本当に一年で周囲の空気はガラッと変わるので。今あるものが決してすべてじゃないってことは、この年齢になってみると分かるんです。でも若いうちはなかなか分からなくて自分から袋小路に入っちゃう。そういうときはこういう小説を読んで、「下には下がいる」と(笑)。

――真梨さん自身が、ガラッと変わったと感じたのはいつ頃ですか?

真梨 高校を卒業して映画学校に進み、一人暮らしを始めてからです。それでも最初の三日間は寂しくて泣きました。でもそれが吹っ切れたら、あとは自分の裁量で生活できるし、学校は楽しい。パーッと世界が開けた感じがしましたね。

一週間かけて推敲した、たった一行の書き出し

――真梨さんは、平易でありながら、映像が浮かぶような文章が特徴的だと思います。『鸚鵡楼の惨劇』は書き出しの鮮やかさに、いきなりぐいっと引き込まれました。

真梨 「当時の西新宿は、ひどく見晴らしがよかった」ですね。この一文にたどり着くまでずいぶん推敲したんですよ。最初は原稿用紙2~3枚くらいあったんです。当時の資料とかいろいろ集めてね。でも、どうしても説明的になっちゃう。それで一週間くらいかけて、あの一文に集約しました。
小説を書く上で、プラスしていく作業はそんなに大変じゃないけど、マイナスしていく作業は難しい。私の文章は読みやすいらしくて、簡単に書いてるんじゃないかと思われるようなんですけど、マイナスして、マイナスして、ようやくここにたどり着くわけで、決して簡単に書いているわけではないんです(笑)。

――作家デビューが41歳と遅咲きですが、ライティングの訓練というか、文章はずっと書いておられたのですか?

真梨 パソコンの取扱説明書などを書く、テクニカルライターをしていました。パソコン黎明期ですから、今では当たり前に使われている「環境設定」といった用語が浸透していなくて、いかにわかりやすく伝えるかということはずいぶん工夫しましたね。
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――なるほど。真梨さんの文章が読みやすいのはそういうわけですね。しかも町の描写などは映像的なだけでなく、どぶの臭いまで感じられるようなリアルさがあります。

真梨 子供時代に九州から出てきて、最初に住んだのが川崎市のとある地域でした。今でこそタワーマンションが建ち並ぶきれいな町になっていますが、私が住んだ頃はまるでスラムのような雰囲気が残っていたんです。工業地帯の近辺でしたし、独特の空気がありました。住んでいたのは2年くらいのものですが、鮮烈に記憶していますよ。おかげでヤバい街の描写は資料をあたらなくても素でできるようになりました。小説家ってすべての経験が役に立つ! その後、横浜、熱海と引っ越しましたが、いつも突然「引っ越すよ」って決まるんです。もしかすると夜逃げだったのかも(笑)。

ネタバレだけど語りたい! 新作『祝言島』の秘密

――『祝言島』のタイトルはどういうタイミングで思いついたんですか?

真梨 小学館の文芸誌「きらら」から連載の話があって、こんな話にしようかなと考えながら自宅付近をウォーキングをしていたときに突然頭に浮かんだんです。島を舞台にしたミステリーって『悪霊島』とか、おどろおどろしくてネガティブな名前が多いじゃないですか。でも、めでたい名前の方が逆に怖いかな、みたいな。

――ええ、かえって怖いです。何か罠がある感じがする(笑)。

真梨 でしょう? そのあとで「祝言」を調べてみたら「ほかい」という読み方もあって、こちらもなかなか言えない、ダークな歴史をはらんだ言葉だと分かり、「やっぱり、このタイトルにしようか」と。

――「祝」っていう字も、ずっと見ていると「呪」に見えてくるような気がします。

真梨 装丁を担当してくださったデザイナーさんも、同じことを言ってらしたそうです(笑)。でもそれで本を見て、「祝言」ってめでたい名前だけど、真梨幸子だよな。何かありそうだな……と手に取ってもらえたらいいかな。

――『鸚鵡楼の惨劇』で鮮やかに謎を解いた大倉悟志の再登場も、ファンには嬉しいサプライズですね。

真梨 一応、本格ミステリーを目指していたので、今回も探偵を出そうというのは決めていました。それで最後の方で推理を展開して格好よく終わるはずだったんですが、天邪鬼な私は「探偵って、本当にこんな万能でいいのかな」なんて思ってしまった。探偵が出てくると、そこで事件が解決すると思いますよね? それって私自身がミスリードされていることになるのでは? と気づいたんです。だからミステリーを読み慣れた人にこそ驚いてもらえるであろうラストを用意しました。ぜひ、衝撃の“膝かっくん”をご堪能ください(笑)。
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真梨幸子(まり ゆきこ)

1964年宮崎県生まれ。87年、多摩芸術学園映画科(現・多摩美術大学映像演劇学科)卒業。2005年、『孤虫症』で第32回メフィスト賞を受賞し、デビュー。11年、文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』が50万部を超えるベストセラーに。著書に『女ともだち』『人生相談。』(以上、講談社)、『鸚鵡楼の惨劇』(小学館)、『5人のジュンコ』(徳間書店)、『カウントダウン』(宝島社)などがある。

祝言島_書影

『祝言島』あらすじ
2006年12月1日、東京で3人の人物が殺され、未解決となっている「12月1日連続殺人事件」。大学生のメイは、この事件を追うテレビ番組の制作会社でアルバイトをすることになる。無関係にみえる3人の被害者の共通点が”祝言島”だった。
東京オリンピック前夜の1964年、小笠原諸島にある「祝言島」の火山が噴火し、生き残った島民は青山のアパートに避難した。しかし後年、祝言島は“なかったこと”にされ、ネット上でも都市伝説に。一方で、祝言島を撮ったドキュメンタリー映画が存在し、ノーカット版には恐ろしい映像が含まれていた。

鸚鵡楼の惨劇_書影

『鸚鵡楼の惨劇』あらすじ
1962年、西新宿。十二社の花街に建つ洋館「鸚鵡楼」で惨殺事件が発生する。しかし、その記録は闇に葬られた。
時は流れて、バブル全盛の1991年。鸚鵡楼の跡地に建った高級マンションでセレブライフを送る人気エッセイストの蜂塚沙保里は、強い恐怖にとらわれていた。「私は将来、息子に殺される」――それは、沙保里の人生唯一の汚点とも言える男の呪縛だった。
2013年まで半世紀にわたり、因縁の地で繰り返し起きる忌まわしき事件。その全貌が明らかになる時、驚愕と戦慄に襲われる!!  解説は真梨幸子ファンを自認する女優の黒木瞳さん。

初出:P+D MAGAZINE(2017/07/26)

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