長岡弘樹『教場2』出版記念インタビュー!「具体性」をストーリーの細部に宿らせる執筆術とは?

「警察学校」のリアル

—— 『教場』は警察小説でありながら、学園ものとしても成立するのが面白いところだなと思いました。1作目の冒頭に登場した宮坂と最後のエピソードで都築との間でやりとりが生じているような、学生ものならではの人物の相関関係を盛り込むという狙いは、当初からあったのでしょうか。

長岡: 学園ものが好きな方にも、もしかしたら手に取ってもらえたのかもしれません。とはいえ、個人的には学園ものはあまり好きではありませんでしたね。各エピソードは独立して考えていますので、当初はクロスオーバー的なやりとりはほとんど考えていなかったのですが、自分でも思いがけない方向にストーリーが進んでいく瞬間はありました。

というのも、1作目は改稿が多いんですよ。後半のエピソードは雑誌に掲載されていたものから大幅に削って、新しく書き下ろすといった形にしています。なので、登場する学生同士のやりとりに関しては、最後に改稿の時に少しシーンを足すなどして帳尻を合わせています。読者に対して情報をフォローするといった形で、場面自体を書き足しています。

—— 学生たちのあいだにも個性豊かな人物がいますが、モデルになった人物や実在の人物がいるのでしょうか。

長岡: ほぼ創作で作り上げました。ただ、『教場2』に登場する主要な巡査で、美浦というキャラクターがいるのですが、この人物は、警視庁の方に取材をした時に聞いた実際のエピソードから着想を得ています。武道の授業で殴り合いをすることがあるのですが、どうしても手が出ない、人を殴れないことから立ち往生をしてしまった学生が過去にいたと。その学生に直接取材を行ったわけではないんですが、実在の方がモデルになっています。

—— そこから生き生きとしたキャラクターに作り上げたのですね。その他には実在したモデルがいるキャラクターはいますか。

長岡: 警察の中には「キャリア」と「ノンキャリア」という区別があります。組織のなかで恵まれた地位をもっているのは通例キャリア組の人たちですが、なかには現場で活躍する刑事になりたい一心で、「キャリア」の地位を捨てて警察学校からやり直したという例はあるようです。いかにもエリートな人がたたき上げの道を選ぶという実際のストーリーが、『教場2』に登場する、医者から警察へと転職するキャラクターのエピソードに少しヒントとして入っていますね。

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風間教官と学生をめぐる緊張感

—— 第二作では学生とのやりとりのなかで風間の人間的な部分がより浮き立って見えるように感じました。この主人公「風間公親」のキャラクターは、元々どのように作られたのですか。

長岡: 警察学校を出たばかりの警察官の方に取材をした際、その方から卒業アルバムをお借りしました。その卒業アルバムに色々な教官の写真が載っていたんですよ。「風間」というキャラクターをどうしようかと迷っていた時に「この教官は目がいいな」とか、「この教官の髪型が格好いいな」だとか、実際にいる教官の方々の写真からイメージを膨らませていき、完成したのが「風間」でした。

元刑事という前歴、義眼という部分は後から自分で作ったフィクションです。学生を不安にさせるようなキャラクターにしたいな、という考えから目に関するディテールを膨らませていきました。

—— 「学生を不安にさせる」といえば、どのエピソードも冒頭近くの箇所は風間が不在のままストーリーが進行していきますが、連作短編という形で読んでいる読者は風間がいなくともそこに気配を感じていると思います。そのなかで、小説を読む読者は学生と一緒に「風間に泳がされている」ような感覚を覚えるのではないかと。謎解きがスタートする合図として、各話で風間をどこに登場させるかといった演出は、どのように組み立てられているのでしょうか。

長岡: お察しの通り、風間という存在は、「キャラクター」というよりも「装置」に近いと思います。どのエピソードも風間登場のパターンが単調にならないように緩急をつけるという点は苦労していますし、1番気をつけている点ですね。

—— 風間の人物造形をする上で、長岡先生ご自身の抱く「理想の教師像」が反映されている部分はありますか?

長岡: 学生を退屈させない、具体的な話のタネをいくつも持っている、そういう教師が1番好きでした。ですから、「小ネタ」をめぐるやりとりみたいなことを学生と風間のあいだではやらせていますね。抽象的な話ではなく、小道具を使ってネタを見せて、具体的な場面を作る。この一連の流れはこのシリーズに限らずいつも気をつけていることです。

—— 風間教官が学生に「警察に憧れている人よりも、文句が言いたい人の方が歓迎だ」と話す場面がありますが、この隠されたスタンスは作品全体の緊張感を生む非常にいい設定になっているなと思いました。この辺りはどのように位置づけているのですか。

長岡: 警官という職業は、現実と理想のギャップに苦しんで、結局は辞めていく人も現実に多いと思います。ですからやはり、下手な憧れを抱いてくるようでは、きっとこの世界では通用しないのだろうなと想像がつきました。

警察官の方にとって、退職まで「どこの教場出身なのか」ということは終始つきまとう話題だそうです。ですから、問題を起こすような人を事前にふるいにかけることは、教官にとっての自衛策でもあるのかなと思います。

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前作からの変化。そしてシリーズのこれから

—— ご自身で感じる1作目と2作目の一番の違いはどんなところですか?

長岡: 1作目の頃はバイオレンス描写に重きを置いていて、ここから読者を惹きつけてやろうと思っていました。ところが、取材をしている時に「実際の警察学校では学生を殴るようなことはしていない、そんなことは御法度だ」という話を現場の警察の方から聞きまして。

最初のうちは2作目でも同じテイストを維持しようと思っていましたが、その話がずっと頭にあったため、暴力的な描写を嘘くさく感じるようになってしまって書けませんでした。そのため読後の印象としてはソフトな作品になっていると思います。

—— 今後、『教場』シリーズに登場した学生がどのような警官になったかというような、後日談的な話の広がり方も予想されているのでしょうか?

長岡: 本当は1作目に登場した宮坂などは2作目にも登場させようかという計画はありました。しかしプロットが上手くいかないことから今回は見送ったのですが、僕自身もすごく興味を持っているので3作目など書く時には是非やってみたいですね。

—— 読者としては風間教官が受傷によって片目を失った理由が気になるわけですが、その詳細は今の所まだ語られていませんよね。今後、その理由を明らかにするような過去のエピソードが『教場』シリーズのなかで語られていくのでしょうか?

『教場2』の次作に位置する『刑事指導官 風間公親』というシリーズのなかで、風間が刑事時代にどんな活躍をしたのか明かされる予定になっています。風間教官の過去を題材にしたこのシリーズは、「STORY BOX」という雑誌でその第1話を読むことができますね。そのシリーズが終わったらおそらく再び『教場』シリーズの第三作に取り掛かり、また風間教場の学生たちについて描いていく予定になっています。

—— これからもシリーズの続きが楽しみです!本日はありがとうございました!

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初出:P+D MAGAZINE(2016/03/11)

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