100年後、小説家はいらなくなるか? ――AIを使った小説生成プロジェクト「作家ですのよ」メンバーに聞く

鉄腕アトムが生まれる日、ロボットは初めて小説を書く

松原教授率いる「作家ですのよ」プロジェクトは、その後、第4回(2017年大賞発表)の星新一賞にも新作を応募しています。

「前回、僕たち以外にもAIを使って星新一賞に応募した、“人狼知能プロジェクト”(鳥海不二夫・東京大学准教授ら)というチームがいて。

そちらのチームは、AIがプレイした人狼(推理ゲーム)の結果を、人間がまとめあげて小説にするという形で小説を作ったんです。ストーリーは人間が作り、執筆はAIがやった我々とは正反対のやり方なんですね。

……ということは、その2つのチームが組んだら――つまり、“人狼知能プロジェクト”のほうで作ったストーリーを、“作家ですのよ”のプログラムを使って出力したら、コンピュータがほとんど書いたことになる。それをやってみよう、ということになって、“人狼知能プロジェクト”と組んで応募したんです」

 
結果は、惜しくも1次審査不通過。しかし松原教授は、それを悲観的には捉えていません。
 

「今回は落ちるだろうなというのは、正直わかっていて。というのも、『コンピュータが小説を書く日』は、ストーリーがそれなりによかったから1次審査に通ったと思うんです。“人狼知能”のほうも去年は同じく1次審査を通ったそうですが、それはおそらく、後半の、人間が書いた部分が面白かったから。

今回は、AIがプレイした人狼のストーリーを、AIが淡々と文章にしたわけです。『○○が占い師だと名乗り出た。続いて○○が名乗り出た。投票の結果、○○が処刑されることになった。』――みたいなね。心理描写をかなり工夫しない限り、これでは面白いものにはならないですよね。

でも、2つのプロジェクトが組んで作品を出した、ということにはそれなりに意味がある。コンピュータの関与度は、前回と比べたら格段に上がったわけですから。一時的に読み物としての面白さは減りましたが、研究の途中としてはしょうがないです」

 
現段階では、コンピュータの関与度は何パーセントくらいなのか? ――そう尋ねると、松原教授はじっと考え込みました。
 

「どこからどこまでコンピュータが書いたかというのは、ある意味、哲学的な問題かもしれません。これから技術がもっと進歩したとして、コンピュータは自分から小説を書く気になるか? というのは大きな疑問です。

人間には、表現したいことがあるだとか、お金が欲しいだとか、何かしら自分から小説を書く理由があります。コンピュータにはそれがないから、人間に書けと言われたから書いている。哲学的に考えると、コンピュータに対して書けと命令した時点で、もう人間は数パーセント関与しているわけです。

仮に、心を持った鉄腕アトムのようなロボットができて、アトムが『僕には人間に伝えたいことがあるんだ。それを小説にするんだ』と思って小説を書いたら、そのときはコンピュータの関与度が100パーセントと言えるでしょうね」

AIの強みは、1,000作書いて駄目でも、平気で1,001作目を書けること

譏滓眠荳€繝輔z繝ュ繧キ繧吶ぉ繧ッ繝・thumb_P4140719_1024

現在「気まぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」は、1,000を超える星新一の作品のデータベースを利用して、星作品のストーリーをベースとした小説の生成を目指しているところです。

星作品をすべて分析・分類した上で、登場人物やシチュエーションがかけ合わさってできる膨大なストーリーのパターンの中から、星新一が書かなかったパターン、つまり、星新一の“穴”を探しているのだそう。

「たとえば、星さんが書かれた中には、加害者と被害者の立場がオチで逆転する作品がたくさんあります。それが“天使”と“悪魔”というパターンもたくさんある。

そういったかけ合わせの中で『この展開で悪魔が出てくる作品は、そういえば星さん書いてないな』という“穴”をAIが埋められたら、その結果できた小説はいかにも星さんの作品のように見えるんじゃないかな、と」

 
プロジェクトが今、直面している課題のひとつは、“評価”だと言います。
 

「今まで僕がやってきたゲームの研究は、勝ち負けという客観的な評価基準のあるものでした。けれど、小説の評価って主観的なものですよね。研究のゴールをどこに置いていいかわからない。だからこそ、星新一賞に応募することで、外からの評価を得ようとしているんです。星新一賞の他にも、短い小説の賞に応募してみようかとは考えています。

それから最近、星さんの他に、小松左京さんの研究も始めたところです。小松さんは数年前にお亡くなりになったのですが、息子さんから200~300作品ほどのデータを提供していただいて。『虚無回廊』という、小松さんが何十年も書き続けられていた未完の大作があるんです。息子さんに、それをぜひAIに完成させてほしい、というありがたい言葉をいただいたので。

知人の作家にその話をしたら、“小松左京先生の遺した作品を完成させるなんて、人間の作家は怖くてそんなことできない”と言われました(笑)。たしかに、どんな人が書いても、小松先生のファンには文句を言われるでしょうからね。

くじけないのは、AIの最大の強みかもしれません。人間の作家って、こんなの駄目だって言われたら心が折れるじゃないですか。でも、AIは仮に1,000作書いて駄目だって言われても、平気で1,001作を出せる。
人間は褒められれば嬉しいし、けなされれば悲しいので、それがいい動機づけや成長につながることもありますが、落ち込んでしまうこともある。AIには、よくも悪くもそんな感受性がないので。淡々と作品を制作しますから、前向きといえば前向きですかね。

……評価という話に戻ると、本当は、最終的にはAI自身に自分が書いた小説の評価をさせたいですね。それがうまくいったら我々のプロジェクトは終わったようなものですが、幸か不幸かまだまだ終わる見込みはありません」

おわりに ――AIはいつか、小説家の仕事を奪うか

いつの日か、もしもAIが完璧な小説を書くようになったとしたら、人間の小説家はいらなくなってしまうのか? ――最後に、ちょっと怖いそんな疑問を松原教授にぶつけてみました。

「作家の瀬名さんと飲んでいたときに、彼が『松原さん、いつかはAIに芥川賞や直木賞をとらせよう』と言ったことがあって。直木賞なら簡単だ、とか言うんですよ(笑)。僕は芥川賞のほうが可能性あるんじゃないかって思っています。実験的な小説も受け入れられる傾向があるから。……なんていうのは本当に、とらぬ狸の皮算用なんですけどね。

ですがそのとき、将来的には、好きな作家や作品をAIに入力すると、そのテイストが入った小説を生成できるようにはなるかもしれない、という話にはなりました。たとえば、村上春樹さんが好きな人には、AIが村上春樹さんテイストの小説を自動生成してくれる。

1つのネタでも、その人が好むストーリーや文体で綴られた小説が、毎朝スマホに送られてくるような時代が来るかもしれない。いわば、連ドラの内容がその人好みに変わるようなものです。……もしもそうなったら最強ですよね。今から50年くらいの間には、そんなソフトは、作ろうと思えばできるんじゃないかと思います」

 
しかし、松原教授は必ずしも、AI作家だけが活躍する未来は望んでいないと言います。
 

「まあ、だからと言って人間の作家がいらなくなるかと言うと、それはちょっと違うとも思います。それこそ、村上春樹さんに書けることを彼に代わってAIが書いても仕方ないじゃないですか。むしろ、アイディアはたくさんあるけれどボキャブラリーが少ない人のサポートをAIがするとか、そういった役割分担をしていけるのがいちばんいいんじゃないかなと、個人的には思います。

人間は人間にしか書けない小説を書いて、コンピュータは人間は書けそうにないものを書いてくれたらいいですよね。人間の作家もAIの作家も活躍してくれる未来が来たら、読書好きとしては嬉しいじゃないですか。読むものが増えて」

 
 

参考文献

コンピュータに小説は書けるか
出典:http://amzn.asia/9EoZizd
『コンピュータが小説を書く日 ――AI作家に「賞」は取れるか』(佐藤理史/日本経済新聞出版社)

初出:P+D MAGAZINE(2017/05/09)

春見朔子著『そういう生き物』が描く、生と性のままならなさ。著者にインタビュー!
太田順一著『遺された家─家族の記憶』が映し出す家族の温もり。