翻訳者は語る 満園真木さん
難事件に挑む叩き上げのタフな女刑事と、事件の鍵になるもう一人のヒロインの複雑な人生を描いたハードボイルド「D・D・ウォレン」シリーズは、米国ベストセラーリストの常連。翻訳第一弾『棺の女』に続き、殺人鬼の娘として生まれた女性を描いた『無痛の子』を翻訳した満園さんにその魅力を伺いました。
〈ヒロインの人間像が魅力〉
原書を読んで、この著者は出だしがいつも面白いなあと。『棺の女』は、監禁されたヒロインが棺の中で目覚める場面で始まるのが衝撃的でしたが、『無痛の子』では女刑事D・Dがいきなり階段から落ちる。子守歌が流れているという描写も不気味で、一気に引き込まれました。
ヒロインのキャラクターも魅力ですよね。主人公のD・Dはハードボイルドではお約束のワーカホリック(笑)、タフで強くて格好いい。もう一人のヒロインとして、『棺の女』では監禁事件から生還したフローラの葛藤が描かれましたが、今回はアデラインという精神科医が登場します。彼女は父と姉がシリアルキラー、自身は痛みを感じることが出来ない「先天性無痛症」を抱えている。フィジカルな痛みを感じないのはうらやましいような気もしますが、彼女は「痛み」の感覚がないことで、誰とも共感し合えないという疎外感、哀しさを抱えて生きています。その感情が、作品全体に流れているような気がしますね。
もちろん、ミステリーとしてもとても良く出来ています。展開がスピーディーでミスリードも巧み。最後まで犯人も動機もわからず、まさにページターナー。ミステリーとしての面白さと、ヒロインの人間像の丁寧な描写とのバランスが絶妙なシリーズだと改めて感じました。
〈スピード感とキレの良さを優先〉
このシリーズは原文の一文がとても短く、それがハードボイルドらしさやスピード感、緊迫感やキレの良さに繋がっています。文章の短さを生かし、日本語でもリズムを崩さないようにしました。会話の前後の「と、誰々が言った」などの地の文も、リズムを良くするために、敢えて訳さず会話だけで繋いでいます。日本語は口調で誰の言葉かがわかりますし。
そんなわけで、それぞれの登場人物の口調には気を遣いました。例えばシリアルキラーの姉は、もっと蓮っ葉な口調にしようかと思ったのですが、後半に姉妹のいいシーンがあることで、印象が変わります。そこで、全体の口調を少し和らげキャラクターとして一貫性を持たせました。アデラインは知的で抑制的な女性なので、淡々とした口調を心がけました。
〈日本語の台詞が聞こえてくる〉
師匠の田村義進さんの教えが大きいのですが、エンタメ小説の場合は特に、日本語の小説としての読みやすさを大事に、文章をかみ砕くことを心がけています。
先ほどの会話中の地の文もそうですが、原文に「と、?りつけた」とあっても、台詞を読んで?っていることがわかれば、流れを重視して敢えて取ってしまうこともあります。また、原文で似た意味の形容詞が続いてくどい時には、流れがよくなるよう省いたりも。
会話文を翻訳していると、日本語の台詞が頭の中で聞こえてくる時があります。もちろん原文の意味から逸脱することはありませんが、その台詞は生かすようにしています。
〈子どもの頃からミステリー好き〉
本は気がつくと読んでいましたね。子どもの頃好きだったのはホームズやルパン、「マガーク少年探偵団」シリーズや江戸川乱歩。とにかくミステリーが大好きで、『赤毛のアン』のような少女文学はあまり読みませんでした(笑)。
〈やってみたら「結構できた!」〉
大学を出て少しだけ会社勤めをした後に一年間ハワイに留学し、帰国後に海外雑誌の日本語版を編集しているプロダクションに勤務しました。そこで初めて翻訳家という仕事を意識しました。もともと英語の仕事をしたかったし、原文と翻訳のつき合わせをしているうちに、「私にもやれるんじゃないか」と。四年目くらいに、「訳者の手が足りなくなったからやってみない?」と言われて短い記事の翻訳をやってみたら、「結構できた!」(笑)。小説の翻訳をしたかったので、翻訳学校に通いながら、ビジネス書など少しずつ書籍の仕事をし始めました。 今後もミステリーを中心に、特にハードボイルドが好きなので私立探偵ものや、ホラーものを翻訳したいです。初めて翻訳したフィクションは『ウォーム・ボディーズ』というゾンビもの。ホラーも大好きなんです。