週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.173 梅田 蔦屋書店 河出真美さん

書店員コラム_河出さん

『理想の彼女だったなら』書影

『理想の彼女だったなら』
メレディス・ルッソ
訳/佐々木 楓
書肆侃侃房

 アマンダ・ハーディは父親の住む街に引っ越して来た。新しい学校、新しい友だち。グラントという気になる男の子もできた。けれど彼女には誰にも言えない秘密があった。それは彼女がトランスジェンダーであること。子どもの時から自分の性別に違和感を持ち続け、周りの子どもたちからはいじめられ、父親からは男の子らしい男の子であることを期待されて、その期待を裏切り続けてきた。自分の過去を知らない人たちに囲まれている今、彼女の送るごく普通の日々は楽しい。しかしグラントとの仲が深まるにつれ、秘密を話してしまいたいという気持ちがアマンダの中で育っていく。

 この本の存在を知ったのは数年前だ。訳者あとがきでも言及されている「ゆなの視点」というブログで紹介されているのを見て、英語版で入手したのだった。読んだ後、これこそ今読まれてほしい本だと思った。SNSにコメントを投稿したり、ブログに紹介記事を書いたりした。どこかが翻訳版を出してくれないだろうか。ずっとそう思っていた。だって、これは今必要な本だから。アマンダのような女の子たちが、たぶんずっと待っていた、読みたがっていた本だから。新しい街で友だちを作り恋をする、なんてありきたりな青春。でも、普通の高校生の普通の毎日を送ることは可能なのだと彼女たちに言ってくれる物語は、今でさえとても少ないので、ありきたりな青春は、あまりにも尊い。

 そして何よりも大事なのは、この物語が、アマンダがひとりで立ち上がるだけの強さを自らの中に見出していくさまを描いていることだ。彼女はずっと自分自身であることを否定されてきた。周りの子どもたちからも、父親からも。そんな彼女にとって、自分を肯定し、自分が価値ある存在だと心から感じることは、難しいことだった。難しい、けれど不可能ではない。これから先、彼女のことをわかってくれる人もいれば、わかってくれない人もいるだろう。けれど、もう大丈夫なのだと、もう周りからの評価によって自分の価値を損なわせたりしないと、そう思わせてくれるこの物語を、今、ひとりでも多くの人に読んでほしい。

 

あわせて読みたい本

『フェリックス エヴァー アフター』書影

『フィリックス エヴァー アフター』
ケイセン・カレンダー
訳/武居ちひろ
オークラ出版

 トランスジェンダーの少年フィリックスは、性別移行前の写真を学校で晒され、その犯人と思しき相手に正体を隠しながら近づく。そして、嫌なやつだと思っていた相手の意外な素顔に惹かれていく。
 ラブコメの王道のようなストーリーである(つけくわえれば、主人公のことを大好きな大親友までいる)。こんな物語を、小説で、映画で、私たちは何度となく見てきた。しかしトランスジェンダーの主人公が出てくるものを、これまで見たことがあっただろうか? 本書は、トランスジェンダーの人々に向けられる差別の痛ましい現実を描いている。しかし何よりも最高にハッピーなラブストーリーだ。これまで当然のように周縁に追いやられてきた人々が一転して主役を張る、贈り物のような1冊である。

 

おすすめの小学館文庫

『ハーフムーン街の殺人』書影

『ハーフムーン街の殺人』
アレックス・リーヴ
訳/満園真木  
小学館文庫

 時は1880年、25歳の青年レオは解剖医の助手として働いている。彼には秘密があった。それは、女の子として育てられたが、自分の性別に違和感を持ち、今は男性として暮らしているということ。その秘密を知るのはごく限られた人々だけだ。そのうちのひとりで、ありのままの彼を受け入れてくれる娼婦のマリアにレオは恋していたが、彼女はレオとの約束の場所に現れず、翌日遺体で発見される。彼女を殺したのは誰か。レオは真相を追い始める。
 時代物のミステリーにトランスジェンダーの登場人物が出てくるのは珍しい。それも主人公となればなおさらだ。作中に描かれている通り、この時代にも当然ながらトランスジェンダーの人々は存在したが、当時トランスジェンダーだということがわかれば、精神病院や刑務所に送られる運命だった。そんな状況で愛する女性を殺した犯人を追うレオのひたむきさは、読んでいて応援したくなる。シリーズ化されたのも納得の面白さで、今は2巻が読みたい。

   

河出真美(かわで・まみ)
本が好き。文章も書く。勤め先では文学担当。なんでも読むが特に海外文学が好き。趣味は映画鑑賞。好きな作家はレイナルド・アレナス、ハン・ガンなど。最近ZINE制作と文フリの楽しさに目覚めました。


採れたて本!【デビュー#23】
武塙麻衣子「一角通り商店街のこと」2. 鶴亀湯