採れたて本!【海外ミステリ#07】

採れたて本!【海外ミステリ】

 人には誰しも秘密があり、人は誰しも嘘をつく。法廷ミステリーが今も昔も読者の心を魅了してやまないのは、「嘘」が白日のもとに晒される瞬間が、やはり一つのカタルシスであるからだろう。

 ロバート・ベイリーの最新刊『嘘と聖域』(小学館文庫)は、「嘘」について描かれた法廷ミステリーである。本書はベイリーが過去に展開した法廷ミステリーシリーズである〈トーマス・マクマートリー四部作〉の正当続編である。第四作『最後の審判』を経て、四部作の主人公トーマス(トム)はガンで亡くなった。本作『嘘と聖域』では、トムの親友であった弁護士、ボーセフィス・ヘインズ(ボー)が主役となり、圧倒的に不利な裁判に挑むことになる。

 無敵の検事長であるヘレンは、元夫の殺人容疑で逮捕されてしまう。弁護士が必要だ、と考えた彼女は、最も信頼を寄せる弁護士、ボーに弁護を依頼した。ボーはトムの死により失意に沈んでいたが、「自分を憐れむ以外の何かをしたい」と、ヘレンを救うために立ち上がった。しかし、ヘレンには秘密があった。事件当日に元夫に会ったことは認めているにもかかわらず、何か、隠していることがあるようだ──。

 彼女が隠している「秘密」、そしてその「嘘」こそが、この小説の一つのメインテーマだ。それは現代のアメリカの政治と宗教、そして女性の自己決定権を巡る問題と密接に関連している。これまでアメリカの黒人を巡る差別問題など、数々の社会問題に果敢に挑んできたベイリーだが、本作でもその筆は冴えている(ちなみに、「トム四部作」の第二作『黒と白のはざま』がKKKを扱った小説で、この時ボーは被告人として登場した)。

 もちろん、法廷ミステリー、エンタメとしての面白さも、決して抜かりはない。本作は、著者の過去作にも類がないほどの絶体絶命の状況を描いている。手掛かりを手繰っても、手繰っても、決定打がいつまで経っても掴めない。ページ数が残り少なくなっても、一向に苦しい状況が続くのだ。そんな中、まるで洞窟をさまよい歩いて、ようやく眼前から光が射しこんできたように、劇的な演出で手掛かりが現れる。ヘレンの「嘘」もまた、それが明らかになる瞬間に、顎が外れるような衝撃と、清冽な感動をもたらしてくれる。これほどドラマチックな法廷劇があろうか。

 帯に書かれた「ケツの穴全開でいくぜ。(Wide ass open.)」は、気合を入れる時のボーの決めセリフだ。書店で見かけた時には面食らうかもしれないが、読むとあまりのカッコ良さに、真似したくなること請け合いだ。

嘘と聖域

『嘘と聖域』
ロバート・ベイリー 訳/吉野弘人
小学館文庫

〈「STORY BOX」2023年5月号掲載〉

「推してけ! 推してけ!」第34回 ◆『香港警察東京分室』(月村了衛・著)
むちゃぶり御免!書店員リレーコラム*第9回