むちゃぶり御免!書店員リレーコラム*最終回

むちゃぶり御免!書店員リレーコラム*最終回
 お 題 
心がざわめくときに読む本

 不意の出来事に心が揺れて、そぞろになる。ざわめきが中々退いてはくれず身体は粟立つ。寄る辺なさに心身が痺れ、〝わたし〟の輪郭があやふやに溶け出してしまいそうになる。

 そうした焦りにさえ、静かに寄り添ってくれるだろう一冊が『詩と散策』だ。

 この本は、散歩を、冬を、猫を愛する詩人が綴ったエッセイ集だ。ペソア、ヴァルザー、ツェラン、エミリー・ディキンソン、リルケ、金子みすゞ、ボルヘスなど様々な詩人の言葉を引きながら、自身の日々の生活やそこから想像したり考えたことについて、淡々と綴られている。

 日常の中で詩が兆す瞬間、散歩がもつ効用。「幸せ」という言葉が軽々しく使われるときのうんざりした思い。猫をきっかけに打ち解けた人たちとの小さな交わり。「永遠」がもつ引力について。

 私たちがつい心を捉われてしまうものごとについて、ひとつひとつ確かめるように語られる言葉は、読む者に深々と降り積もる。そうして心に広がった景色は、〝わたし〟というひとりの人間と、どう付き合っていくのか。その秘義を教えてくれるみたいだ。

 一歩一歩踏みしめながら、身体や心を動かすこと。自らの周りにある些細なものたちを確かめ、慈しむこと。

「取るに足らぬものなど一つない、と思う心が詩」という言葉を信じ、「うれしくて悲しいことを、ただ歌おう。」と書く彼女が示してくれたそのささやかな営みは、きっと貴方の波たつ心を鎮めてくれるはず。

詩と散策

『詩と散策』
ハン・ジョンウォン 訳=橋本智保
書肆侃侃房

磯上竜也(いそがみ・たつや)
「本は答えだけでなく、あらたな問いを与えてくれるもの」と考える本屋の店主。


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