【怖い?それともかわいい?】「動物」にまつわる怪談セレクション
夏になると読みたくなる、背筋が寒くなるような“怪談”。今回は古今東西の短い怪談の中から、犬や猫、馬といった動物が登場するおもしろい作品を集めました。奇妙なお話からどこかゆるくて可愛らしいお話まで、さまざまな魅力のある小説をお楽しみください。
暑い夏には、背筋がゾッとするような怪談が読みたくなる──という方は多いのではないでしょうか。
ひと口で怪談と言っても、幽霊が登場する王道の怪談から、人間心理の恐ろしさを描くサイコホラー、妖怪にまつわる昔話など、その種類にはさまざまあります。中でも今回は、犬や猫、馬といった、人間にとって身近な“動物”たちが登場する怪談に注目してみました。
動物の登場する怪談は、後味の悪い奇妙なお話からちょっぴりゆるくてかわいいお話まで、実に多種多様です。古今東西の小説の中から、サクッと読めておもしろい怪談(ホラー)を選りすぐってご紹介します。
『馬の脚』(芥川龍之介)
『馬の脚』収録/出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4480020853/
『馬の脚』は、文豪・芥川龍之介が1925年に発表した短編小説。本作は、手違いで冥界に送られてしまった商社マンの数奇な運命を描いた作品です。
北京に赴任中の商社マン・忍野半三郎は、ある日仕事中に突如、脳溢血で命を落としてしまいます。半三郎はすぐに冥界に送られ、死者たちの手続きをおこなう事務室に案内されますが、そこで半三郎の死は手違いであったことが判明します。
“「アアル・ユウ・ミスタア・ヘンリイ・バレット・アアント・ユウ?」
半三郎はびっくりした。が、出来るだけ悠然と北京官話の返事をした。「我はこれ日本三菱公司の忍野半三郎」と答えたのである。
「おや、君は日本人ですか?」
やっと目を挙げた支那人はやはり驚いたようにこう言った。年とったもう一人の支那人も帳簿へ何か書きかけたまま、茫然と半三郎を眺めている。
「どうしましょう? 人違いですが。」
「困る。実に困る。第一革命以来一度もないことだ。」”
冥界に来るはずだった別人の代わりに半三郎が死んだことがわかり、すぐに彼を元の世界に返す準備が進みます。しかし、困ったことに生前の半三郎の体は、すでに両脚のみ腐りきってしまっていました。そこで冥界の事務員はあろうことか、「今しがた死んだばかり」の馬の脚なら余っているから、それをつけて元の世界に返そう──と提案するのです。
その提案の通り、馬の脚を付け替えられて生き返ってしまった半三郎は、制御できない脚を抱えて生きなければならなくなり、徐々にその生活は崩壊していきます。淡々とした筆致で綴られている分、半三郎に降りかかった運命のシュールな恐ろしさが際立つ1作です。
『犬』(正岡子規)
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B009B1UDMO/
『犬』は、明治期に活躍した俳人・歌人の正岡子規による短編小説です。本作は1500字にも満たないほど短い作品ですが、正岡子規らしい趣とユーモアの詰まった1篇です。
物語は、インドの
犬は自ら四国に出向き、八十八ヶ所巡礼をしながら、自分がこれまで食い殺してしまった姥たちを弔います。すると、犬のその様子を見ていたお地蔵様が、犬を人間に生まれ変わらせてやろう、と言ったのです。
“大願成就と聞いて、犬は嬉しくてたまらんので、三度うなってくるくるとまわって死んでしもうた、やがて何処よりともなく八十八羽の鴉が集まって来て犬の腹ともいわず顔ともいわず喰いに喰う事は実にすさましい有様であったので、通りかかりの旅僧がそれを気の毒に思うて犬の屍を埋めてやった”
旅僧は慈悲の心から犬の死体を埋めてやったのですが、それを見ていたお地蔵様は、88羽の鴉は88人の
“これじゃ次の世に人間に生れても、病気と貧乏とで一生くるしめられるばかりで、到底ろくたまな人間になる事は出来まい”
と予言するのです。
この短編には、とびきり奇妙でありながらも落語のようにすっきりとした、ユーモラスなオチが用意されています。人間に生まれ変わった犬がどのような運命を辿るのかは、ぜひ実際に読んでみてください。
『テノリネコ』(一條次郎)
『テノリネコ』収録/出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4101216525/
『テノリネコ』は、『レプリカたちの夜』などの代表作を持つ現代作家・一條次郎による短編小説です。本作では、名前の通り、手に乗るほど小さいはずの“テノリネコ”が、徐々に手に負えないほどの大きさにまで成長していく様子が描かれます。
主人公は、海外旅行に出た会社の社長から“テノリネコ”を預かった男。週末、家に遊びにきた友人のユージーンにその猫を見せると、テノリネコには、騒音を聞かせることですこしずつ大きくなるという不思議な性質があることを告げられます。
“「あずかってきたときよりも、すこし大きくなったような気がするんだよ」
「そりゃそうだろ、テノリネコだし」
「なんで?」
「うるさい音楽でもかけてたんじゃないのか。気をつけないとぐんぐんでかくなるぞ」
「え、そうなの?」
(中略)
「騒音にさらされると体が成長する性質があるんだ。だからテノリネコマニアは、できるだけ静かな場所で飼うようにしてる」”
ユージーンは続けて、チベットの寺院で飼われていたテノリネコが、僧の吹く特大ホルンの合奏を聞き続けたせいで怪獣ほどにも大きくなった──という話をします。主人公が社長から預かったテノリネコはハムスターほどのサイズで、とても大きくなるようには思えませんでした。しかし、隣近所から出る騒音を聞き続けるうちに、数センチずつじわじわと成長していくのです。
本作はゾッとするようなホラーというよりも、ほんのすこし肌が粟立つような奇妙さを持った小説です。ホラー好きな方だけでなく、幻想小説が好きな方にもおすすめしたい1作です。
『ああしんど』(池田焦園)
『ああしんど』収録/出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4480423346/
最後にご紹介する『ああしんど』は、語り手の祖父が子どもの頃に飼っていた「三」という名前の猫をめぐる、非常に短いお話です。
“よっぽど古いお話なんで御座いますよ。私の祖父の子供の時分に居りました、「三」という猫なんで御座います。三毛だったんで御座いますって。”
「三」は祖父の家に18年も暮らしていたという長寿の猫で、長生き故に耳や肌は分厚くなり、どこか御隠居様のような雰囲気をまとっていた──といいます。そんな「三」が冬のある日、こたつの上で丸くなって眠っていたときのことです。「三」が、人間の言葉を喋ったというのです。
“
伸 をしまして、にゅっと高くなって、
「ああしんど」と言ったんだそうで御座いますよ。”
「三」が喋った言葉は、「ああしんど」。それをすぐそばで聞いていた曾祖母(祖父の母)は気味悪がり、「三」はいつか化け猫になると確信して、近所に捨ててしまいました。しかし「三」は、何度捨てても帰ってきたのだといいます。
その後、「三」は何かに化けるわけでも人間の言葉を喋るわけでもなく、ただ大人しい猫のままでした。しかしその一件以来、祖父は猫が怖くてたまらなくなり、大の猫嫌いになってしまったと語ります。祖父とは違って語り手は猫が好きでしたが、
“祖父は、猫をあんまり可愛がっちゃ、可けない可けないって言っておりましたけれど、その後の猫は化けるまで居た事は御座いません。”
と、余韻を残すような形で物語は幕を下ろします。
「ああしんど」のひと言で、思わず笑みがこぼれてしまった方は多いのではないでしょうか。ホラーと呼ぶにはあまりにゆるく、かわいらしいお話ですが、その反面、祖父や祖母の代から家に伝わる奇妙な話という点では、王道の怪談らしい怪談とも呼べそうです。著者の池田蕉園は明治期に活躍した日本画家で、このお話は池田の祖父が実際に体験したできごとであったとされています。
おわりに
今回ご紹介した4篇の怪談は、どれも落語のように小気味のいいおもしろさやブラックユーモアを感じさせる作品です。動物にまつわる怪談は、登場するのが幽霊や生きた人間ではない分、ふとしたときに思い出してゾッとするような恐ろしさには欠けるものの、つい誰かに話したくなるような魅力のある作品が多いように思います。
今回ご紹介した作品は、数分から数十分で読める短いお話ばかりです。気になったお話があった方はぜひ、その作家の短編集や、作品が収録されているオムニバスにも手を伸ばしてみてください。
初出:P+D MAGAZINE(2022/08/26)