【笑撃のバカミス大特集】トリックや世界観が「おバカ」なミステリー5選!
バカミスとは一体どんなジャンルなのでしょうか?その代表作は?伝統ある総合文芸サークル、ワセダミステリクラブが解説します!
突然ですが、「バカミス」とはなんでしょうか。改めて問われると非常に難しい質問です。端的に言ってしまえば「おバカなミステリー」ということになるのでしょう。
一口に「バカバカしい」といっても、そのバカバカしさを彩る要素はいくつもあります。例えば脱力感を誘うトリック、荒唐無稽で笑劇めいた世界観、型から外れすぎた予測不能のキャラクターたち……。受け取り方次第ではほとんどおふざけに思えるこれらの要素がパズルのように組み合わさり、最終的にはそれらのバカバカしさからは想像できないほど美しい1枚の絵=解答が完成する。それがバカミスなのです。
一つ注意しなければならないのは、バカミスは飽くまでもバカミスであって、「ユーモアミステリー」とは区別される点です。もちろん、その2つが同居している作品もありますが、基本的には異なるジャンルだと断言していいでしょう。
両者の違いを説明するならば、ユーモアミステリーはコミカルな登場人物や軽妙な文体で読者の笑いを誘います。対してバカミスはミステリーとしての構造に、大きな「おバカ」を仕込まなければなりません。
例えば、「‟地球”だと思っていた事件現場が実は‟月”で、重力が6分の1しかなかった! 犯人は高い壁をなんなくジャンプして侵入したんだ!」……といったような度肝を抜くカラクリが謎解きの中に用意されていた場合、それは立派な「バカミス」であると言えるでしょう。「ユーモアミステリー」が作品のまとう雰囲気を重視しているとすれば、「バカミス」は作品に内在する仕掛けを重視していると定義できるのです。こう説明すれば、バカミスが一つのジャンル内ジャンルとして確立していることを理解して頂けるかと思います。
その一方で、「ただバカなだけの作品に魅力はあるの?」という素朴な疑問の声も聞こえてきそうです。もちろん、ジャンルの人気が裏付けているように、バカミスにはバカミスならではの魅力がちゃんとあります。ただし、その風変わりな魅力を伝えるのはなかなか難しい。そこで今回は、少しでもバカミスの魅力が知れ渡ることを目的に、筆者が独断と偏見で選んだ「THE・バカミス」と言える5つのミステリー作品を紹介させて頂きます。
蘇部健一『六枚のとんかつ』
保険調査員・小野由一とその友人で推理作家の古藤が、奇妙でナンセンスな事件に巻き込まれる短編集です。その事件とは「ガッツ石松」がキーワードの誘拐事件、ハゲ頭の男爵が催した舞踏会で起きた盗難事件など。もちろん、その真相は余すことなくすべて小憎らしいほどのバカ。そんなバカの果てにあるものは一体……?
バカミスといえば、本書『六枚のとんかつ』を外すことはできません。バカミスの中のバカミス、バカミス界のバイブル。ゴッド・オブ・バカミス。よくもまあここまでバカなものが書けたなと、感嘆してしまいます。バカだバカだと連ねていますが、これはもちろん褒め言葉です。なぜなら、ここまでバカであることに特化した作品は、数多あるバカミスの中でもそうそうお目にかかれないからです。
小説である以上、バカミスにも‟軸”は必要です。それはサスペンス性であったり、本格ミステリとしての強度であったり、人間ドラマの魅力であったりと様々でしょう。しかし本書は、その‟軸”さえも「バカであること」に費やしています。かといって小説としての体裁が失われることもない。本書はそうした絶妙なバランスのもとに成立している作品なのです。
ところで本書は「六とんシリーズ」と呼ばれるうちの一作目です。シリーズはこのあと『六とん2』『六とん3』『六とん4 一枚のとんかつ』と続きます。つまりあと三冊も似たような趣向の作品があるのです。このこと自体、とてつもなくバカな話だとは思いませんか。
倉阪鬼一郎『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』
『黒鳥館』『白鳥館』と呼ばれる2つの館。そこに招かれた東亜学芸大ファインアート研究会の面々が、次々と密室殺人に巻き込まれていきます。復讐を誓った青年・鳥海翔と館の主人の殺意が行き着く先とは?最後に明らかになる究極ともいえるバカな館の真相に、思わず顎が外れそうになることお墨付きの一作です。
本作で紡がれるのは、とても奇妙な物語です。犯人は既に明かされているというのに、その犯行手順は読者が不安になってしまうほどまでに巧妙にぼやかされています。「密室殺人の実況」を謳っていながら、犯人の心理描写以外は何もわかりません。なぜ館が2つもあるのか。地の文に時折り現れる謎めいた第三者の視点は何なのか。そんな疑問が頻出し、挙句、「はて、この作者は小説を書くのが下手なのではないか?」と疑いたくなってしまいます。
しかし、もどかしく思いながらもじっくり読み進めていけば、最後の最後にすべての伏線が回収されます。そして、明らかになるのは「2つの館」と「犯人」にまつわるトンデモナイ秘密なのです。 そこであなたを包むのは最高のカタルシスか、爆笑の脱力感か……、さて、どちらでしょう。「こんな本、読んだことないでしょ?」とニヤニヤしながら勧めたくなる、そんな不思議な作品です。
早坂吝『○○○○○○○○殺人事件』
様々な職種の人間が参加する孤島でのオフ会。公務員の沖は意中の大学院生・渚との距離 を縮めようと思いますが、なかなか上手くいきません。飛び入り参加した謎の少女・上木らいちの存在も気がかりです。そんな一行が島に着いた翌朝、失踪事件と殺人事件が立て続けに発生。解決を試みる一同ですが、島には大きな秘密が隠されており……。
新時代のバカミスといえば、本書の他にないでしょう。といっても、本書がいかにバカであるかの説明は非常に難しいと言わざるを得ません。なぜなら、その点こそが本書の最大の仕掛けだからです。しかし折角なので、ここでは本書にならい伏字にすることでバカミスっぷりを語ってみましょう。
○○とバカは紙一重です。なぜなら、○○の根源にはバカバカしさがあるからです。深夜のバラエティ番組などで○○がよく扱われる理由は、きっとそんなところにあるのでしょう。しかし、そうした近似の存在だからこそ、○○とバカを上手く融合させることは難しいのです。どちらかに偏っても印象が固定されてしまいますし、逆に両者が控えめ過ぎればどっちつかずの中途半端な作品に仕上がってしまいます。その壁を乗り越えたという点で、本書は○○いバカミスとして高く評価されるべきではないでしょうか。
なお、本書の冒頭には読者への挑戦状が挟まれており、タイトルの「○○○○○○○○」に入る諺を当てる試みがなされています。結末で解答が提示されますが、すべての真相を知った読者はそれも踏まえて脱力してしまうこと間違いなしです。
霞流一『落日のコンドル』
豪華客船に忍び込む、プロの暗殺組織〈影(エイ)ジェント〉の一味。任務は客船オーナーの暗殺です。しかし、味方しかいないはずの船上で暗殺チームのメンバーが殺され、右手首を奪われたターゲットの死体が密室で発見されます。抜け駆けは殺すべし。互いを犯人だと指摘しあう暗殺チーム。やがて同士討ちが始まり、さらには〈コンドル三兄弟〉が秘技・ 空中殺法をもって暗躍しだし……。
「暴力」と「知性」は一見相反するものに思えますが、ミステリー小説の中ではまれに両者が奇妙な形で同居することがあり、そのうえ不思議と相性がいいのです。本作も「殺し屋稼業(=アクション)」の合間に、大小含めた「謎(=ミステリー)」が見え隠れし、殺し屋たちは対処を迫られます。ここで面白いのが、解かねば任務が遂行できないようなのっぴきならない謎もあれば、一方で「任務とは無関係だけど、適当に推理をぶちまけて同業者を牽制しておこう。今後の仕事にも響くし」というような理由でも推理合戦が始まることです。加えて暗殺者たちはいずれも本業として茶人、DJ、保母さんなどをしており、各々が使い慣れた武器で命を奪い合う戦闘シーンは非常にコミカルで楽しく読めます。
霞流一といえばバカミスの天才です。そんな天才の名に恥じない、笑撃のトリックが本作では炸裂しています。それでいて本作は玄人も唸らせる、手堅い本格ミステリでもあるのです。こうした「条理」と「不条理」のセッションも、バカミスゆえでしょうか。
鳥飼否宇『本格的 死人と狂人たち』
綾鹿科学大学、そこは奇天烈な研究者たちの巣窟。そんな彼らを中心に巻き起こるのは、一風どころか何風も変わった謎の数々です。強烈なキャラクターの「変態学者」が挑む転落死事件、擬態に関する講義を受け持つ教授が課したとんでもないレポートなど……。そのどれに対しても、独特の解決が用意されています。碇卯人(いかり・うひと)という別名義でテレビドラマ『相棒』シリーズのノベライズ を執筆していることでおなじみの著者による、笑える理系ミステリーの怪作をお楽しみください。
本作の注目ポイントはズバリ「変人」です。起こっている出来事自体はそれほど奇を衒ったもので はなく、非常にシンプルです。しかし、変人ぞろいの登場人物がそれをかき乱してしまうの です。例えば探偵役の数学教授・増田米尊(名前がなんのもじりかは、ご想像にお任せします)からして、『若者の暴走行為の数理モデルにおける考察』『性行為のオーガズムの統計分析』などの研究をしては学内外の失笑を買うなど、エキセントリックなキャラ造形が目立ちます。当然、その推理も信頼できるとは言い難く……。そんな奇人変人たちが探偵、被害者、容疑者となって一堂に会してしまったのですから、シンプルなはずの事件の構図がどんどんおかしなものに変わっていってしまいます。
これだけだと「確かに面白そうだけど、それってユーモアミステリーじゃないの?」と思われるかもしれませんが、どうぞご安心(?)ください。ユーモラスな要素にコーティングされることによって一層際立つ「おバカ」が、ちゃんと用意されています。そして、この「おバカ」はそのままミステリー小説としての意外性へと転じていくのです。
おわりに
いかがでしたか?紹介した作品はどれもバカミスとして一級品です。ここまで読んでくださった方は、きっと各作品に潜んだおバカな仕掛けの数々が気になっていることでしょう。バカミスの特徴は、読んでみて初めてどこがバカなのかわかること。そしてそのバカがカタルシスへと転じる所にあります。興味を 持たれた方は、ぜひ1冊でもお手に取って頂ければ幸いです。
最後に、バカミスの「バカ」は蔑称ではありません。作品のなかに「バカ」を要素として取り入れることは、実は非常に高度な技術なのです。バカの自己主張が激しければ作品として白けてしまう、そんな危険性をはらみながらセンス良くバカを構築していく手腕がものをいうジャンルなのです。つまりバカはバカでも、バカミスにとってのバカとは「緻密に計算されたバカ」だといえます。「バカは技術」、皆さんもこの言葉を胸に、素晴らしいバカミス体験をしてみてくださいね!
〔文・ワセダミステリクラブ〕
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初出:P+D MAGAZINE(2017/01/24)