杉江松恋『ある日うっかりPTA』はPTA会長体験を綴った傑作ルポ!

団体行動が嫌いだったいう著者が都内公立小学校のPTA会長に選出。その3年間の出来事を赤裸々に綴ったノンフィクション。創作の背景を著者にインタビュー!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

金髪のフリーライターがPTAの会長に!3年間にわたる奮闘ルポ

『ある日うっかりPTA』
ある日うっかりPTA_書影
KADOKAWA
1300円+税
装丁/須田杏菜
装画/村林タカノブ

杉江松恋
著者_杉江松恋_01
●すぎえ・まつこい 1968年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。在学中は推理小説同好会に所属。会社員を経てフリーライターに。「人事や営業部時代の経験が、PTAでも生きた気がします」。ミステリーや映画評論等で活躍し、著書に『読み出したら止まらない! 海外ミステリーマストリード100』『路地裏の迷宮踏査』『東海道でしょう!』『桃月庵白酒と落語十三夜』等。藤原審爾『新宿警察』の再刊監修や映画のノベライズも多数。176㌢、105㌔、B型。

自分の子も人の子も同じように思える気持ちが育ったことに自分でも驚いた

ミステリー評論や書評家として知られる杉江松恋氏(48)は、実は08年から11年3月まで、都内の区立小学校のPTA会長でもあった。
「僕らフリーの人間は日中家にいるし、よほどヒマに見えるらしくて(笑い)」
『ある日うっかりPTA』は、会長に最も必要な資質を〈おっちょこちょい〉と語る著者の傑作体験ルポ。彼はある日、〈桜庭台小学校PTA〉(仮名)の役員推薦委員なる女性から唐突ともいえる電話を受ける。聞けば次期会長選が来月に迫っており、ぜひ杉江さんをと推す人物がいたのだという。
 確かに学童保育クラブの行事には積極的に参加し、保護者仲間の結束も固いが、〈金髪、ヒゲ、サングラスのフリーライターがPTA会長に!?〉と、自分が一番思った。が、彼はそのオファーを受け、子供が卒業するまでの3年間、会長職を務め上げる。それは〈おかしなこと〉は変え、〈いらないもの〉はやめる、〈小さな革命〉だった!

今さらだが聞いてみたくなった。なぜ貴方はミステリーがお好きなのですか?
「アハハ。何ででしょうね。まあ、ミステリーの場合は趣味の延長が仕事になっていて、物事の隠れた構造を発見するのが好きではある。あと僕は今、趣味の一環で東海道を歩いていて、それも観光客が行かない山道や集落を歩くのが好きなんですよ。そう、宮本常一とか民俗学のスタンスですね。
ある共同体に分け入ると、思いもよらない世界があって、それを『面白いこともあるもんだ』って記録していくとか、今回のPTA本はそっちに近い。同じ町に住む親同士がまるで違うことを考えていたり、一言で言えば、面白かったんです」
自身、PTAに関しては〈ザァマス眼鏡〉をかけた教育ママゴン等々、漫画やドラマ由来のイメージしかなかったという杉江氏は、まず事前に現会長との会見を希望した。すると彼女は1年の仕事の流れを説明した上で、一つお願いがあるという。〈その金髪、黒く染めていただけませんか?〉
「そんなの、頼む前に言えばいいのにね。結局、金髪部分は全部刈り、ほぼ坊主にしてまで引き受けたのは、ライター特有の好奇心と、僕がうっかり者だからですよ。うちのPTAでは家庭教育研究委員会や校外活動委員会など、7つの委員会を2人の副会長が統括し、会長は会長で全体の調整や事務作業の傍ら、区の連絡会〈小P連〉に出たりした。特に4月はほぼ毎日、学校に通っていましたね」
4月。役員との初会合で〈チームプレイ〉の大切さを強調した会長は、併せて鎌田實氏の著書からとった〈がんばらない、をがんばろう〉を裏テーマに掲げた。
「別に会長は偉くないです、なるべく楽をさせてくださいって、隠居老人みたいなことばかり言ってましたね。
多少慣れてからは自分が変だと思う〈PTAの常識〉を、みんなはどう思うか、必ず相談した上で形にした。僕は普段1人で仕事をしているし、自分が頑なな人間だって自覚してるんですよ(笑い)。つまりその違和感は僕に限ったものかもしれず、何かを変えるならチームの総意で変え、ニュートラルで公平な組織にすることには、最も気を配りました」
具体的には、〈周年行事〉を重視した繰越金を見直し、〈紅白饅頭〉を配るなら、今、必要なものを買おうと金の使い方も改めた。またただでさえ集まらない人材を確保するためにも役員の交代を5月にしてはという現場の提案を〈時限立法〉化し、役員増員や学童時代の親仲間を〈桜庭台サポーターズ〉として巻きこんでワークシェアを図るなど、個人の頑張りより制度こそを変えようとする、脱精神論的な姿勢が印象的だ。
「幸い校長も『大変にならないでください』という人で、一緒に活動するうちに、じゃあ運動会はお手伝いを増やしましょうとか、役員の皆さんも自分が楽になれる方向に動いてくれました。
もちろん次の代は次の代で変えてくれていいんです。別に僕らのやったことだけが正しいとは思わないし、前任者が妙に口出ししたり、自分がされてイヤなことはやらないに限りますから。
それでも町を歩くと今でもいろんな人に声をかけられて、ああ、自分はここに住んでていいんだなって。よく定年後、地元に友達がいないと嘆く人がいるけど、自分や家族が地域に根ざすためにも、やっぱりPTAはやってよかったんです」

他校には怪文書で告発された会長も

最大の危機は3期目早々、役員間に生じた亀裂だった。杉江氏は常々メーリング・リストで情報の共有に努めてきたが、ある時から個別のメールや電話が本業に支障を来すほど相次いだのだ。
「メールの宛先一覧を見ると誰が孤立しているか、わかるんですね。
でも人間関係はどっちが悪者でもないし、全て私の不徳の致すところですって、会長が頭を下げるしかない。当時はホント針の筵でしたけど、他校にはありもしない不倫を怪文書で告発された会長さんもいたし、僕はまだマシな方です(苦笑)」
学童と違って、区や教育委員会の実質的傘下にあるPTAを、彼らは原点、、に戻そうとした。PTAに限らず手段が目的化し、組織のための論理、、、、、、、、が罷り通る中、子供や地域のためを普通、、に考える組織再生の、本書はサンプルでもあるのだ。
「特に今は共働きや1人親世帯が普通になってきたこともあって、PTAの同調圧力の問題や意義そのものが問われ始めている。僕は自分の経験を書いただけですが、今後は要不要も含むさらに進んだ組織論が議論されて行くとは思います」
そんな今日的な問題意識も孕みつつ、本書は大人の成長小説、、、、、、、として読めるのがいい。例えば3期目の卒業式。我が子も含む卒業生に贈った杉江会長の祝辞は、子供と大人の過渡期にある彼らへの元少年からのエールとして、誰の心をも打つ。彼は書く。〈PTAに参加することで、自分でも知らなかった内面の扉が開いたような気さえする〉〈我が子には感謝してもしきれないのである。本当にありがとう〉
「つまり全ては誰のためでもなく自分のためで、自分の子も人の子も同じように思える気持ちが育ったことに自分でも驚いた。それが会長をやって一番よかったと思うことの一つです」
そんな本来的で嘘のない境地にたどり着けて、彼は本当に果報者だ。大人も、いや大人こそ成長できると教えてくれるこの体験記は、実は普遍的で、思わずグッとくるくらい、イイ本なのだった。

□●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト2017年6.23号より)

初出:P+D MAGAZINE(2017/11/04)

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