【著者インタビュー】中澤日菜子『ニュータウンクロニクル』

70年代に造成されたニュータウンを舞台に、高度成長やバブルを経て東京オリンピック後に至る50年史を描く群像劇。自身もニュータウンで育ち、その活気や暗部を知る著者が、作品に込めた思いを語ります。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

巨大な人工の町で各年代を生きた住民たちの人間ドラマ 注目作家最新作!

『ニュータウンクロニクル』
ニュータウンクロニクル 書影
光文社 1600円+税
装丁/大久保伸子

中澤日菜子

著者_中澤日菜子_01
●なかざわ・ひなこ 1969年東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒。在学中に不等辺さんかく劇団を結成し、出版社勤務の傍ら作・演出を手がける。退職後は劇作家に専念し、2013年『お父さんと伊藤さん』(「柿の木、枇杷も木」を改題)で第8回小説現代長編新人賞を受賞、翌年同作で小説デビュー。著書は他に『星球』『PTAグランパ!』等。また「ミチユキ→キサラギ」で仙台劇のまち戯曲賞大賞、「春昼遊戯」で泉鏡花記念金沢戯曲大賞優秀賞等。152㌢、B型。

青春期や成熟期を経て老いていく町を、感傷的でなく現在進行形で描きたかった

自身、ニュータウン育ちであることに、特に郷愁や思い入れはなかったという。
「むしろなぜ私には故郷がないんだろうって、何もかもが清潔で正しくて日向ばかりの町に、ネガティブな感情すら抱いていました」
中澤日菜子氏の最新作、『ニュータウンクロニクル』は、70年代初頭に造成された〈若葉ニュータウン〉を舞台にした、文字通りの年代記。一章「わが丘 1971」から終章「新しい町 2021」まで、高度成長やバブル、東日本大震災を経て東京オリンピック後に至る50年史を、10年ごと全六章に切り取ってゆく。
若葉町の〈旧住民〉で、町役場職員〈小島健児〉は造成途上の町を眺めながら、〈なんかみんなおんなじに見えますねぇ〉とこぼし、その印象はこの町に念願のマイホームを求めてやってきた〈新住民〉とも重なった。だが彼はこうも思う。〈あの明かりの一つひとつは誰かが灯したものなのだ。誰かが灯し、過ごし、生活している証なんだ――〉と。

1969年東京生まれの中澤氏は15歳まで八王子の現・宝生寺団地、高1からは本書のモデルにもなった多摩ニュータウンで育ち、本作でいう新住民にあたる。
「特に多摩時代、団地内はほとんどが自分と似たような核家族だったので、地方ごとの文化や匂いを纏った大学の友人が、もう羨ましくて。でもある時、小名浜の醤油蔵の息子に言われたんです。『そうかな。古い町しか知らない俺には拡張や収縮を繰り返すニュータウンこそ得体の知れない生き物に見えるけど』って。その言葉がずっと残っていて、自分の育った町を長いスパンで多面的に描く、今回の群像劇に繋がりました」
まず一章「わが丘」では、開発初期の中山・枇杷団地を舞台に、健児が市民運動〈若葉ニュータウンの未来を拓く会〉で出会った主婦に抱いた淡い恋の顛末を描く。
元地主の両親と同居する健児は、枇杷商店街で八百善を営む叔父〈善行〉が昔から苦手だ。公団側は土地を売った元農家に起業を勧めたが、団地族を毛嫌いし、プライドだけは高い善行の店がうまくいくはずもない。そんなある日、病院建設を求める住民集会に臨席した健児は、1人の清楚な女性に目を奪われる。喘息の娘を抱えて郊外に越してきた〈袴田春子〉だ。が、彼女会いたさに会の活動を手伝い始めた健児を善行はよく思わず、〈団地妻と逢引き〉云々とあらぬ噂を流された彼の純情の行方は……?
「中山は永山団地、枇杷は諏訪団地がモデルです。一見均一的な町にも様々な人が様々な思いを抱えて暮らしている。二章『学び舎』の五年一組の面々は五章では41歳になり、春子は最終章で夫と死別して独居老人になる。それらを全て見届ける定点観測者として健児を設定しました。
人は変わっていくもの、失われていくものに対して感傷的になりがち。でも、今では少子高齢化の象徴と化したニュータウンの往時の活気や暗部も含めて私は現在進行形、、、、、で描きたかった。青春期や成熟期を経て老いていくのは町も同じですし、死んでもただでは終わらせないぞ、みたいな(笑い)」

ニュータウンは一本の木、、、、のよう

さて91年に〈プールバーY〉に鞍替えした八百善は人気ドラマ〈『銀曜日は妻たちと』〉のロケにも使われ、9・11後の2001年には市の起業支援制度に応募した若手染織家〈海蔵寺梓〉の工房に姿を変えていた。
その間、八百屋を畳み、財テクに精を出した善行は、ロケで出会った役者の卵と駆け落ちした妻に2000万円近くを持ち逃げされ、バブル後は酒に溺れる日々。そんな両親を恨み、10年を無為に過ごした〈浩一〉は、同世代の梓がわざわざ手間のかかる草木染めを選んだ理由に、衝撃を受けてもいた。〈あると思い込んでいたものがじつはなかったとか、信じてたことがあっけなく崩れるとか。そういう体験を重ねていくうちに……じぶんの手で作りたくなったんだよね、なにかひとつでも『確かなもの』を〉
「当時は永山にもプールバーが本当にあって、金妻で不倫が流行ったり、浮ついた時代でしたよね。
一方で梓が確かさを求めたり、二章の主人公が友達とずっと親友でいようと約束した気持ちも全部本物なんです。人間関係に絶対、、はないとしても、その一瞬があったからこそ何かを信じて〈新しい布〉を織る人を、私は大事に書きたかった」
娘家族との同居を拒み、団地に住み続ける春子にしても、単に過去にしがみついているわけではなかった。彼女は彼女なりにこの町の未来を考え、実はある取り組み、、、、、、を始めていたのだ。
「若い頃から積極的に市民運動に関わったこの世代は社会的意識の高い人も多い。私は本作を書きながらニュータウンが、幹から枝葉が出て花や実がなり、朽ちてもまた新しい命が芽吹く1本の木に思えてきた。枝葉の方向はバラバラでも1本の木として根を張り、おそらく人がいる限り、そこにあり続けてくれるんです」
木といえば、タナダユキ監督で映画化された初小説『お父さんと伊藤さん』でも、わけあって娘の同棲先に転がり込んだ老父が思い出の柿の木を落雷で失い、育てていた枇杷の苗木を伊藤さんに娘共々託すシーンが印象的だった。柿から枇杷への世代交代にも通じる〈消滅と再生〉への信頼、人も町も精一杯に生きて朽ち、次代にバトンを継ごうとする程よい無常観が、本書をよくある懐古譚やイイ話にはしないのだ。
「あれ、今回も枇杷、、団地でしたね。すみません、完全に無意識です!(笑い)」

□●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト2017年8.11号より)

初出:P+D MAGAZINE(2018/04/11)

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