椎名誠が旅で出会った犬たちの写真集『犬から聞いた話をしよう』
ネパールやモンゴル、パタゴニアなど、椎名誠が旅さきで出会った犬を撮影した写真集。すべての写真に解説があり、シーナ節も堪能できます。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
嵐山光三郎【作家】
犬から聞いた話をしよう
椎名 誠 著
新潮社
1800円+税
装丁/新潮社装幀室
シーナ節の解説が一枚の写真をより味わい深くする
椎名誠が旅さきで出会った犬の写真集。犬はどこの国でも人間のそばにいるのが嬉しいようだが、この本には「旅する犬」も登場します。ネパールの高原の下をトコトコ歩いているのは「一匹犬」で、悠然と構えつつも孤愁が漂い、なんだか椎名誠に似ている。
モンゴルの遊牧民と暮らす犬は限りなく狼に近いが、子らと仲がよく、家族の一員だ。チベットの標高四五〇〇メートルのところで大きな黒犬と人がやってきた。その人の飼い犬というわけではなくいつのまにかつれだって歩いているだけだ。どこまでもつづく荒地には、家も自動車も人影もなく、帽子をかぶった人間から三メートルほど離れて黒犬がいる。キャプション(写真の説明)に「ニンゲンにしても犬にしても旅は道づれがいいんだなあとあらためて感じた」とある。どの写真にも著者による解説があり、一枚の写真をすみからすみまでなめまわすように見てしまう。『犬から聞いた話をしよう』というタイトルは、椎名氏が犬語をしゃべるウルトラ能力があることを示している。
石垣島の海岸沿いの神社の前で散歩している犬に何かしきりにいい聞かせている少女、いいなあ。パタゴニアのカウボーイ(ガウチョ)が連れている犬。ガウチョは口笛ひとつで犬の羊追いをコントロールする。かっこいい。バリ島の白い老犬は人と握手するのが大好きだ。老犬はいずれも、目に憂いをたたえている。
ミャンマーの村で、トラックの前を悠々と横切っていく無頓着な痩せ犬。ポルトガルの古い石畳の上を犬が歩いてくると「その爪の音が聞こえるような気がする」んだって。写真もうまいが、シーナ節の解説が泣かせる。
日本では犬が一匹で歩いていると野良犬とみなされるが、そんなふうには言わない国もある。椎名家で飼われていたカヌー犬ガクはカヌーイストの野田知佑氏から預かっていたシェパード系の雑種だが、生後まもないガクがゴム草履をマクラにして眠っている写真、たまんなくかわいい。
(週刊ポスト 2018年3.9号より)
初出:P+D MAGAZINE(2018/07/26)