『ぼぎわんが、来る』

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怖すぎて面白い

ホラーエンターテインメント

注目の新人デビュー

『ぼぎわんが、来る』

ぼぎわんがくる

KADOKAWA

1600円+税

装丁/大原由衣 装画/綿貫芳子

澤村伊智

※著者_澤村伊智

●さわむら・いち 1979年大阪府生まれ。出版関係の会社を退職後、「友人と定期的に小説を書く会」を始める。「2012年6月です。元々は小説教室に通う知人の作品を読むために集まったら、これが全然面白くない(笑い)。でも文句だけ言うのも嫌だし、結局自分でも中編を10ほど書き、初めて挑戦した長編が応募作でした」。今年本作で第22回日本ホラー小説大賞を綾行人氏、貴志祐介氏、宮部みゆき氏の満場一致で受賞しデビュー。174㌢、60㌔、AB型。

人をゾッとさせるために洗練されてきた

エンタメ精神の系譜に自分も連なりたい

「恐怖は人類最古の感情である」(byラヴクラフト)。また、「最近は夜も明るくて、妖怪たちの住み家がない」(by水木しげる)とも聞く。そして現代の闇は人の心にあるかにも思う昨今、堂々たる化け物エンタメに徹してみせたのが、澤村伊智氏の日本ホラー小説大賞受賞作『ぼぎわんが、来る』だ。

 一見幸せに暮らす若夫婦〈田原秀樹〉と〈香奈〉に生じた溝や子を産み育てる環境の変化の隣に、澤村氏はぼぎわんなる怪物を造形し、彼らを襲う恐怖の体験や、沖縄のユタにルーツを持つ霊媒師姉妹〈比嘉琴子〉と〈真琴〉の活躍を描く。

実はこのぼぎわん、ハロウィンの仮装にも縁があり、安土桃山時代に伴天連らが持ち込んだ特定の形を持たない幽霊の総称〈ブギーマン〉が転訛したとの説もある。はたまた江戸期の文献『紀伊雑葉』に〈ぼうぎま〉なる妖怪伝説があるとかないとか。わけのわからないものほど怖いものはない!

「要するに僕は『幽霊より人間の方が怖い』みたいな話や、お化けだと思ったら人間の仕業でした的なオチが好きじゃないんですね。怖いもの見たさの怪談好きとしてはやっぱり、出てほしいよなあって(笑い)」

澤村氏にとって、少年時代、怖い話や怖い映画は最高の娯楽だった。

「当時は『木曜スペシャル』や心霊写真が学校でも大人気で、自分でも本は怖い本しか買った記憶がない。そのくせ夜は眠れないくらい、怖がりだったんですけどね。

岡本綺堂に憧れたのも、怪奇そのものはもちろん、怖がらせ方に興味があって、分析してみると怖い話って、怖がっている人間の話なんです。本書でも化け物そのものより、周囲の反応を書くことを大事にしたし、『紀伊雑葉』も、執筆者の儒学者・小杉哲舟も、もちろんぼぎわんも、いかにもそれっぽい僕の創作です」

〈小学六年の夏休みの、ある午後のことだった〉。当時大阪にあった祖父母の家で祖母の留守中、玄関のガラス越しに〈シヅさんはいますか〉〈ギンジさんはいますか〉〈ヒサノリさんはいますか〉と、事故死した伯父の名前まで呼ぶ〈灰色の人影〉に答えてしまったことが、悲劇の始まりだった。

〈ち――ちがつり〉と意味不明な音を口にする人影を、認知症を患う祖父は〈帰れ!〉と突然一喝し、いつにない表情でこう言ったのだ。〈秀樹〉〈戸ぉ開けんかったやろな?〉〈ほんまは答えてもあかんねや〉

やがて祖父が死に、祖母が死に、娘〈知紗〉の誕生を待つ一家を異変が襲う。外出中に〈チサさんのことで〉と秀樹の会社を訪れ、生まれていない娘の名を伝言に残したの訪問者。応対した部下は原因不明のみ傷を負って衰弱し、ある日帰宅するとバラバラに切り裂かれていた魔除け札が。さらに奇妙な着信やメール等々、秀樹は祖母がかつて祖父から聞かされたという話を思い出さずにいられない。〈それが来たら、絶対答えたり、入れたらあかんて〉〈捕まって山へ連れてかれるて〉〈ぼぎわん、言うてはったわ、名前〉……。

「山や海から異者が訪ねてきたり、名前を呼ばれても答えちゃいけなかったり、日本の古い怪談や19世紀の英米怪奇小説の王道は踏まえつつ、長編を書く以上は怖い話を書きたかった。

僕にとっては怖い話=面白い話で、例えば逃げ込んだ新幹線のトイレのドアがガタガタ鳴り出すシーンなんて、お化けなんていないという人でもメチャクチャ怖くなると思うんですよ。でもそれは先人たちの手法や蓄積を自分なりに更新しただけで、僕は作家性がどうとかより、より多くの人をゾッとさせるために工夫や洗練を凝らしたエンタメ精神の系譜に、自分も連なりたいんです」

歯形や傷痕から

姿形を想像する

第一章は秀樹、第二章は香奈、ぼぎわんとの全面対決が待つ三章では秀樹に姉妹を紹介したオカルトライター〈野崎〉が話者を務め、夫婦の間ですら全く異なる物事の見え方も、相当怖い。

身勝手な理想を押しつけ、〈田原ファミリー代表取締役 イクメン会社員 田原秀樹〉と名刺まで作る夫は香奈にとって重荷でしかなく、〈お化けとか、レイとかは、だいたいがスキマに入ってくるんです〉と言って、夫婦の溝を埋めるよう勧めた真琴の助言は妻には響いても、秀樹には髪を〈ピンク〉に染めたフリーター紛いの霊媒師の妄言にしか聞こえないのだ。

「自称イクメンの夫って妻には相当気持ち悪いものかもしれない。彼は彼なりに家族を守ろうとしているけど、子供の写真をやたら友人に送ったり、SNSにアップするのも、案外楽しんでいるのは父親だけって気がする。もちろんこれは僕の下衆の勘繰りですよ。

今は家族や子供を持つ人も持たない人も持てない人もいて、じゃあ昔はどうだったのかとか、多少歴史も絡めた中で、とにかくぼぎわんをどう書くかに専念しました。まずは魔物と接触したらどんなケガをするとあり得ないかと考え、み傷が浮かび、歯型や傷痕からその姿形を想像してもらう書き方をしたのも、たぶん先人の影響だと思う。最後の対決でも琴子や野崎の動きや反応で十分化け物は書けるし、絶対怖がってもらえると確信できたのも、自分が怖くて面白い話を読んできたおかげなんです」

裏を返せばホラーとは、作者と読者の想像力を介した信頼のエンタメともいえ、幾多の怖い話からその奥義を体得した驚異の新人は、だからどんな化け物や怖い話を書こうかと楽し気なのだろう。□

●構成/橋本紀子

●撮影/国府田利光

(週刊ポスト2015年12月18日号より)

初出:P+D MAGAZINE(2016/02/10)

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