【著者インタビュー】瀬尾まいこ『傑作はまだ』/血がつながっていても家族じゃなかった父と子の、心温まる再生物語

50歳の孤独な作家の前に現われたのは、生まれてから一度も会っていなかった25歳の息子。とくにわだかまりも感じさせない息子のペースに巻き込まれ、やがて彼は人と関わって生活する喜びを知り……。2019年の本屋大賞受賞作家・瀬尾まいこ氏による、感動の長編小説!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

孤独な作家の前に現われたのは25歳にして初対面の息子! 「家族」とは言えない二人の笑って泣ける父子再生物語

『傑作はまだ』
傑作はまだ 書影
1400円+税
ソニー・ミュージックエンタテインメント
装丁/bookwall
装画/小川かなこ

瀬尾まいこ
11号 瀬尾まいこ
●せお・まいこ 1974年大阪府生まれ。大谷女子大学国文科卒。中学講師を経て、05年、京都府教員採用試験に合格。その傍ら、01年「卵の緒」で第7回坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年デビュー。05年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、08年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、18年『そして、バトンは渡された』で『本の雑誌』が選ぶ2018年上半期ベスト10第1位や「王様のブランチ」BOOK大賞。11年に教師を辞め、現在は奈良県在住。159.5㌢、O型。

日常の中の小さな変化や発見も「事件」。それを笑える物語として書いていきたい

 実の子ではある。〈だけど家族じゃない〉父と息子の、これは25年越しの出会いと始まりまで、、、、、の物語である。
 瀬尾まいこ氏の最新長編『傑作はまだ』の主人公は、学生時代に作家デビューし、以来ひたすら家にこもって執筆にふける、〈加賀野正吉〉50歳。ある日、彼は〈実の父親に言うのはおかしいけど、やっぱりはじめましてで、いいんだよね?〉という息子〈永原智〉に突然転がり込まれ、なぜか同居する羽目に。智の母〈美月〉にはこれまで月10万円の養育費を送り、毎月写真が送られてはきたが、正吉が会いに行くことは一切なかった。
 最近、近くのローソンで働き始めたという智は彼を〈おっさん〉と呼び、特にわだかまりも感じさせない。そんな息子のペースに巻き込まれるまま正吉はスタバや〈からあげクン〉の味を覚え、何より人と関わり、生活する喜び、、、、、、を、50にして初めて知るのである。

 01年の初小説『卵の緒』では〈育夫は卵で産んだの〉と言い張る母と息子の、形にならない絆を。また昨年の話題作『そして、バトンは渡された』では、訳あって3人の父親と2人の母親をもつ少女の成長譚を描き、何が家族を家族たらしめるかが、元教師だった著者の一貫したテーマにも映る。
「私としては誰かと誰かのやり取りの面白さ、、、、、、、、を書きたかっただけで、特に家族にこだわりはないんですけどね。
 ただ私が教師だった頃に『自分の子はもっと可愛いよ』って言う人がいたんですけど、いざ産んでみると娘も教え子も可愛さはどっこいどっこいで、血の繋がりはあまり関係ないなって思っているのは確かです」
〈人間の闇〉を描いて定評を得る正吉が、実は万事にウブな引きこもり男という設定が面白い。例えば智が淹れるコーヒーに、正吉は〈君はバリスタなのか?〉と感動しきりだが、それは単なる〈ネスカフェゴールドブレンド〉の牛乳割り。智は〈自分のために淹れるコーヒーより人のために淹れるコーヒーのほうが絶対的においしいわけだから〉と言い、〈そうなのか〉と一々感激する彼は、息子の出現に伴う変化に意外にも素直に反応する50男だった。
 美月とは友人に誘われた飲み会で出会い、つい酔った勢いで一夜をともにする。その一夜限りでできた子供を美月は独身のままで産み、結婚を求めることもなかった。
 その子・智は近所の年寄りともさっそく親しくなり、自治会の祭りでは正吉にまで古本市係の仕事を決めてきた。またある時はたった2か月働いただけのバイト先の店長〈笹野幾太郎〉氏の誕生日にプレゼントまで贈り、〈身近に誕生日の人がいたら、おめでとうくらい言うのは自然なことだよ。人を喜ばすことができるかもしれない機会が目の前にあれば、やってみたくなるだろう?〉と平然と言った。
「その笹野氏に智を捨てた事情をあれこれ言い訳した正吉は、〈俺は罪深いばかな男なんだって言っちまったほうが気持ちいいよ〉〈親父さんのどうしようもないところは、その想像力のなさだ〉って言われちゃうんですよね。作家なのに(笑い)。
 作家的想像力はともかく、彼は対人的想像力がまるでない人で、やっぱり人は人と関わらないとダメだと思うんです。食事も食えれば何でもいいとか、生活、、に何の興味もなかった正吉が智と出会うことで、彼はからあげクンのクンが商品名で、飴ちゃんのちゃん、、、、、、、、とは違うこととか、自分の外にある世界を少しずつ知っていく。
 私の小説はよく『事件が何も起きない』と言われるんですが、『なんで? 起きてるやん』って思う。彼が自治会に出たり、智や近所の〈森川さん〉のために季節限定の〈柚子かりんとう〉〈カフェオレ大福〉を買おうと思うこと自体、大事件で、そういう小さな変化や発見を、笑える物語として書いていきたいんです」

みんなが言うほど世の中は酷くない

 さて、瀬尾作品といえば食事の場面だ。誰かと食卓を囲み、あれこれ話し合う空間は、あらゆる人間関係の原点にも思えてくる。
「私も男女問わず誰かとダラダラ食べたり飲んだりするのが大好きなんです。ジャンクフードも好きで、根がミーハーで何でも試してみるところは、正吉同様敷居が低いんです(笑い)」
 世間に期待される作風に迎合してきた正吉の作品を智は全て読んできたらしく、初期の〈『きみを知る日』〉が最も好きだと言う息子と、拙いと思う自分では感じ方が違うことも初めて知った。そして智が風邪でバイトを休んだことも笹野氏に聞くまで知らなかった彼は今夜は鍋にしようと思い立ち、土鍋を買いに出たかと思うと森川さんに鍋や総菜類を持たされたり、煩わしい分、愉快でもある人情の只中を自らも生きるようになる。
「私の小説は『いい人しか出てこない』とも言われるんですけど、残酷で悲しい事件は確かにたくさんある。でも現実にはいい人もそれ以上にいて、そっちを書く人がいてもいいと思うんです。正吉が書くような小説は書き方自体わからないし、世の中、みんなが言うほど酷くないと私は思うので」
 美月がどんな思いで智を育て、なぜ智が自分を訪ねてきたかを知り、多少成長した正吉も、家族としてはスタート地点に立ったばかり。〈この日々はちょっとやそっとで崩れるものではない。そう確信できるまでには、もっとやらなくてはいけないことがある〉と彼が言うように、父親とはやるもの、、、、、そして家族とは作っていくもの、、、、、、、なのだろう。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2019年3.29号より)

初出:P+D MAGAZINE(2019/09/16)

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