【著者インタビュー】松久 淳『走る奴なんて馬鹿だと思ってた』/マラソンにハマる姿を自虐たっぷりに描く爆笑エッセイ!

10代からスポーツを嫌悪し、完全文科系夜型生活を続けていた著者が、40代にして依存症のごとくマラソンにハマっていく姿を綴った『Tarzan』の人気連載が一冊に。自虐あり、ユーモアありの傑作エッセイです。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

100mさえ走れなかったのにスマホ片手にランデビュー 気づけばマラソン依存症に!? 人生訓ゼロの爆笑エッセイ

『走る奴なんて馬鹿だと思ってた』
走る奴なんて馬鹿だと思ってた 書影
1300円+税 山と渓谷社
装丁/三浦逸平 装画/中根ゆたか

松久 淳
24号_松久 淳
●まつひさ・あつし 1968年東京生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。出版社を経て作家、編集者として幅広く活躍。『男の出産』『どうでもいい歌』『もういっかい彼女』等の他、松久淳+田中渉名義の『天国の本屋』や『ラブコメ』は映画化もされ話題に。2010年に第13回みうらじゅん賞。「みうらさんは僕が横浜マラソンに出た時、テレビをずっと見てくれていて。『マラソンって何キロ?』と聞かれた時はさすがに驚いたけど、マジなんです(笑い)」。170㌢、60㌔、A型。

長距離走者の孤独とは、僕の場合は空回りする自我のことだったりする

 10代から運動と名の付くものはことごとく拒否する〈完全文化系夜型生活〉を続け、169㌢52㌔の〈ガリガリ虚弱体質〉をキープ。ところが40歳で禁煙した途端、体重は68㌔に増え、自称・中級作家、松久淳氏(50)はあれほど嫌悪したスポーツ、それもマラソンに、齢45にして魅入られていく―。
 そんな遅ればせながらのランライフを綴った『走る奴なんて馬鹿だと思ってた』は、かの『Tarzan』の人気連載発の一冊。〈マラソンは人生だなんて言わないよ絶対〉というby 槇原敬之的宣言で始まる26章はしかし、マッチョな精神論や文学的箴言とも一切無縁に展開し、当初は50㍍も走れなかった作家が5㌔、10㌔、20㌔と順調に距離を伸ばし、やがて〈依存症〉と呼べるほどハマっていく姿をユーモアと自虐たっぷりに描く。
 つまり「馬鹿だと思ってた」は、あくまでも過去形?

 14年の『中級作家入門』を始め、得意の芸風は自虐。かと思えば本格的な恋愛小説や映画評も多数手がける著者の仕事は、愛に始まり、愛に終わる印象がある。
「憧れの女子のスカートを気になるからめくっちゃう“中坊”的にこじらせた感情が、今思えば走る人に対してもあった気がします。
 ただキャンタマ見えそうな短パンを履いた本気感満載のオッサンや、東京マラソンを完走した直後にプロポーズする人を見ると『ああはなりたくない』って今でも思うし、ランより、それに付随する物語、、、、、、が嫌だったのかな、と。それとあれだけ嫌ったものに今更ハマる気恥ずかしさもあった。例えば僕、今は他人が煙草を吸うのも嫌なんですよ。昔は『酒と煙草と女で1つ選ぶなら、オレは断然煙草!』とまで言ってたくせに、人間、変われば変われるもんです(笑い)」
 端緒は急激な中年肥りと自律神経系の失調だった。腰痛、不眠、倦怠感に悩まされた彼は、〈太陽を浴びて運動してください〉という医師の助言に渋々納得し、近所を走ることにしたのだ。当時、〈東京でもトップクラスにしゃらくさい街〉、中目黒に住んでいた松久氏は、車や信号が少ない目黒川の遊歩道や〈いやらしい感じがする地名コンテスト〉で上位に食い込みそうな蛇崩じゃくずれ川緑道を走ってはみたものの、〈なんなんだ俺の体は!?〉と痛感することに。そして45歳の3月、〈盛大におねしょ〉をする失態を機に一念発起し、iPhoneにランアプリを仕込み、嵐の日以外は毎日走るランナーと化すのである。
「内科、外科、精神科、全部通ってたほどいつも体調が悪かった僕の転機はランアプリと出会ったこと。自分の足跡が可視化されたスマホ画面を肴に飲む酒の、まあ進むこと。今日はここを走った、ここまで行けたという制覇感、、、が堪らない。要は“自前のポケモンGO”ですよ。レインボーブリッジみたいな大ボスもいれば、給水場所や日陰や美人にも事欠かない東京は、本当に毎日走っても飽きない!」

「人生の意味」を見出したりしない

〈電車でラン〉〈地方ラン〉〈親孝行&ラン〉等々、葛飾の実家やお台場や横浜まで電車を併用して走る松久氏にとっては、未知の景色と出会うことが最高のご褒美だったという。
「僕は普段、タクシーにも乗らない地下鉄派なので、東京の景色を知らないんです。例えば国道246号を多摩川方面に下る坂の先に突如玉川高島屋が現れるだけで、一々オーッて驚ける。
 中目黒以上にしゃらくさいニコタマを汗だくで走って冷やかした気分になったり、近所にバレないようにコソコソ家を出たり、僕の場合、長距離走者の孤独とは、空回りする自我のことだったりします(笑い)」
 あいにく東京マラソンは再三抽選に落ち、未だ縁がないというが、16年の横浜マラソンと金沢マラソン、昨年の神戸マラソンとおかやまマラソンを見事完走し、最高記録は4時間3分16秒。足腰に故障を抱える中、堂々のタイムといっていい。
「体重は走り始めてすぐ60㌔に落ち着いたけど、プロテインを飲んでも筋肉はつかないし、体型は今も初老感丸出しのまま。それでも完走できたのは、生来の〈マニア癖〉が意外とランに向いていたからで、自宅から20㌔で行けるルートは全部コンプリートしちゃったくらい。新企画、、、を考えて1つ1つ潰していくのが、何より性に合っていたんです。
 しかもこの手の人間って、実は多い気もするんですよ。肉体改造やタイムの面では若い奴らに敵わなくても、いろんな街を『ブラタモリ』的に走るうちに、気づいたらフルが走れちゃいました、とかね。何しろ地図と散歩が好きになったら、立派な初老の証拠なんで(笑い)」
 薬物乱用の警告文をランになぞらえた18章「ダメ。ゼッタイ。」が面白い。〈『やせられる』『自信がつく』『充実感がある』『スカッとする』『元気がでる』といった誘い言葉についのせられ〉〈そうして、なしではいられなくなる〉……〈怖っ。〉と。
「僕自身、体にイイことをしている意識は特にないし、人生の意味を見出したりも全然しない。作家なら少しは含蓄のあることでも書けよって自分でも思いますけど、そこに酔っちゃうと、もう笑えないでしょ」
 辛うじて見出せた真実は〈走ると、痩せます〉くらいだと松久氏は笑い、減量目的、モテ目的で始まったラン生活は、憎からず思う相手にやっと素直になれた中年男の純愛すら思わせる。たとえ動機は不純だろうと、純粋に好きを貫く姿は痛快そのもので、やはり好きに理屈は要らないのである。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2019年7.12号より)

初出:P+D MAGAZINE(2020/02/04)

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