【著者インタビュー】綿矢りさ 『生のみ生のままで』(上・下)/既存の言葉に収まらない女性同士の恋愛を描く
携帯電話ショップで働く逢衣と、芸能活動をしている彩夏。リゾートホテルでふたりは出会い、それぞれ男性の恋人がいながら、これまで想像すらしなかった感情に目覚めてゆく……。女性同士の恋愛を、著者初の上下巻で描いた意欲作!
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
互いに男性の恋人がいながら止めようもなく惹かれ合う女性同士での鮮烈な恋を描く著者堂々の新境地!
『生のみ生のままで』(上・下)
各1300円+税
集英社
装丁/名久井直子 写真/井上佐由紀
綿矢りさ
●わたや・りさ 1984年京都生まれ。早稲田大学教育学部国語国文学科卒。高校在学中の2001年、『インストール』で第38回文藝賞を史上最年少で受賞し、デビュー。04年『蹴りたい背中』で第130回芥川賞(史上最年少の19歳)、12年『かわいそうだね?』で第6回大江健三郎賞など受賞多数。著書は他に『夢を与える』『勝手にふるえてろ』『ウォーク・イン・クローゼット』『私をくいとめて』等。映像化作品も多数。14年に結婚し、現在1児の母。東京在住。154㌢、B型。
時代によって変化する言葉に自分から追いつこうと頑張りすぎる必要はない
都内の携帯電話ショップで働く〈
綿矢りさ著『
恋愛に男と女も、女と女もないとばかりに。
*
「確かに最近は同性同士の恋愛が、小説、映画や漫画で描かれることも多いとは思います。ただ
例えば私は『ひらいて』(12年)で高校生の女・男・女の関係を描いた時から、この女同士の部分をもっと書いてみたいと思っていました。今回でいえば逢衣と彩夏の、
高校のバスケ部の先輩・颯と同棲を始めて早1年。以前は颯の父親の勤務先の保養所だった湯沢のリゾート施設を訪れた逢衣たちは、颯の幼馴染〈琢磨〉と偶然再会し、恋人を紹介される。不遜な空気を漂わせるそのサングラスの女は目下売り出し中の女優、荘田彩夏で、この寂れたホテルにもお忍びでやってきたらしい。
ともかく4人で部屋飲みに興じたが、颯に嫌われたくなくて献身的に立ち働く逢衣に彩夏は〈別に酌なんてしなくたっていいんじゃない〉と嫌味なことを言い、第一印象は最悪だった。
が、海で遊んだ帰り道、4人は突然の雷雨に襲われ、颯たちが助けを呼びに行く間、逢衣は彼女と屋根のある広場に取り残されることに。幼い頃に祖父が雷に打たれて死に、母親に〈次はお前の番だよ〉と言われたと怯える彩夏を励まし、体を温め合ううち、逢衣は彼女の意外な繊細さを垣間見た思いがした。
2人は東京でも度々会うようになり、逢衣に何かとからむ常連客〈長津様〉を彩夏が〈西池袋のカナエ〉なる極道女に扮して撃退したり、互いの夢を語り合うなど、最高の女友達になれるはず、だった。ところがある日、彩夏の自宅で手料理をふるまわれた逢衣は唐突に唇を奪われ、〈逢衣を見るだけで身体の細胞が全部入れ替わってしまうくらい好き〉と告白される。彩夏が琢磨と別れ、逢衣が颯から結婚を切り出された矢先のことだ。
「逢衣が友達に裏切られた気持ちになるのもわかるし、彼女が結婚しそうになり告白を焦った彩夏の気持ちもわかる。結果的に振られた颯たちは気の毒ですが、誰が悪いわけでもないんです。
男女間の恋愛にはこの男性なら将来安泰だとか、知識や打算が入りこみがちだけれど、逢衣たちは何の計算もないまま相手を人間として純粋に好きになってしまう。その分、恋愛体験の全てが新鮮に思える喜びもあれば揺れもあるんです。2人の仲を人に認めてほしいと思う彩夏と、別に周囲に波風を立てなくてもいいと思う逢衣の間でも、微妙に考え方が食い違うんです。そして関係が完全に固まらない状態で2人は仲を引き裂かれていくのですが、当初は彩夏を受け入れる形で付き合い始めた逢衣がどう変わっていくかを、後半では書いてみました」
性的でない部分にエロスを宿らせた
思いがけない形で始まった新しい恋。颯と琢磨に事情を打ち明け、逢衣は颯との同棲生活を解消。彩夏の部屋で暮らし始め、彼女の紹介で出版社の契約社員の職も得た。彩夏も事務所からタワーマンションの最上階をあてがわれるほど女優として躍進しはじめた矢先、2人に大きなトラブルがふりかかる。2人の交際を知ることとなった彩夏の事務所は別れを迫り、逢衣は泣く泣く条件を呑む。別れるぐらいなら女優をやめると言って泣きじゃくる彩夏の〈小さいけど深い、一生消えない傷をつけてほしい〉という別れ際の望みにも、結局応じないままに。
「彩夏に女優として成功してほしいという夢を優先した結果、結局は7年も彼女と会えなかった後悔が逢衣を強くしていきます。
特にこの2人の場合は、肉体関係の有無というより、将来を誓うことで、友達の範疇から出ようとしたのだと思います。世間からどう思われようと、彩夏と一緒に生きるという欲を最優先するためにも、逢衣は自分を鍛え、強くなる必要があったんです」
〈逢衣はずぶ濡れのセーターを着て生まれてきた人間の気持ちが分かんないんだよ〉という彩夏の台詞や、互いの体の小さなくぼみや〈白斑〉を慈しみあう細やかな性描写など、綿矢氏らしい表現の数々も見物だ。
「お尻や胸でもいいのですが(笑い)、私は傷とか白斑とか、性的でない部分にエロスを宿らせたかったし、2人が体を重ねる度に関係が深まっていく感じを、小説全体で表現したかった。
彼女たちの親との関係も大事に書きました。作中で親たちは2人の関係をそう簡単には認められない。でも、もし逢衣たちが周囲の期待に80%応えられていればあと20%も頑張ってみようと思えるかもしれないけれど、応えられる可能性が0%となったら、逆に吹っ切れられる場合もあると思うんです。いくら世間の気に入るように生きてみても要求されるフツウの条件は増える一方ですし、時代によっても変化する言葉に自分の側から追いつこうと頑張りすぎる必要はないのかなあと、私自身、思います」
〈命は儚い〉〈なんで自分を、もしくは誰かを、むげに攻撃する必要があるだろうか。同じ時代を生きているだけでも奇跡のような巡り合わせの周りの人たちを〉との逢衣の呟きは自身の実感でもあるとか。だから出会ってしまった目の前の相手を、彼女たちはただ全力で愛するのだ。
●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光
(週刊ポスト 2019年7.19/26号より)
初出:P+D MAGAZINE(2020/02/09)